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アントーニョは面倒な事になったと笑顔から一変不機嫌に眉を寄せて騒ぎの元へと戻る。
それに気づいたゴウリーが頬を薔薇色に染め、嬉々としてアントーニョを迎えた。
「おかえりアントーニョちゃん!突然だけど私達の披露宴でスピーチお願いね!」
なんでやねん。笑いもんにされたぁ無いわボケ。と言いたい所だが、今言ってしまえばややこしい事になるのは明白だったので我慢する。
「だーかーらー!!人の話をちゃんと聞け!!俺はお前みたいなゲテモノゴリラと結婚する趣味は無えって言ってんだろうが!!!」
ゲテモノにゴリラが付いた。
アーサーの命名に思わず同感しそうになるが、生唾と共にゴクリと喉の奥に飲み込んだ。アントーニョには役目があるのだ。面倒な事この上ない役目が。
ハァと大きく嘆息すると、ゴウリーの額に杖(星の先の尖った所)を押し付けて天使とは思えない悪魔の様な顔を晒すアーサーに待ったを掛ける。
勿論、抗議をしている途中で邪魔されては自分の意思が1mmも伝わらない。アーサーは忌々しいとばかりにギロッとアントーニョを睨み据えた。
「まぁ落ち着きぃ。お前ホンマに天使かいな?眉毛がえらい事になってんで?怖いわぁ」
「眉毛じゃなくて目付きだろうが!!」
唾を飛ばす勢いでアーサーが怒鳴るとこちらの耳が痛い。
「どうでもええけど、もう解散してなー。ウチの魔王様がご立腹やねん。めんどいわー」
「あらやだ!ギルちゃんオコなの?ま、丁度いいわ!」
ゴウリーはアーサーの腕に自分のデカい腕を無理矢理絡ませると何やら意気込んだ。
「は、離せ!この汚ねえ腕を離せ!クソッ!!」
「やぁだ!そんなに照れなくても良いのよん!」
青ざめて最早涙目のアーサーは必死に抵抗する。デカい腕を抓ったり殴ったりと試みているが、この剛腕ビクともしない。傷も付かないなんて恐れ入る。
「今から式場予約に行きましょう!アーサーちゃんは天使なんでしょ?なら天界に行って、ご家族や上司さん達にもちゃんとご挨拶しなきゃね!ムフフ!ゴウリー緊張しちゃう!!」
「…や、やめろぉおおおおおおお!!!!」
不気味に笑むゴウリーにアーサーは残り少ない気力を振り絞って叫んだ。冗談じゃない。なんでこんなバケモノを上に連れ帰らにゃならんのだと胸中では言いたい事が駆け巡る。
そんな2人を前にアントーニョはそれはそれでギルベルトの機嫌を損ねると思い悩む。個人的にアーサーが結婚しようが関係ない。だが、アーサーは会食に参加している天界代表である。アーサー以外の部外者を全員外に連れ出すのがアントーニョの受けた命令なのだ。よって、この場からアーサーに出て行かれては困るのだ。
「チッ……ちょい待ちぃ。式場行くんは後にしてくれへん?今は公務の最中やろ?親分は会食に関係無い奴等を連れ出さなアカンねん。せやからゴリラも外出てくれへん?」
「あらん、お仕事なら仕方ないわね。分かったわ、外で待つわね。あとゴリラじゃなくてゴウリーよ。アントーニョちゃんのお茶目さん」
意外にもすんなり言うことを聞いてくれたゴウリーに驚くも、殴り付けて外に追い出す手間が省けたので良しとする。アントーニョはロヴィーノとアルフレッド、ゴースト達にも撤退命令を告げた。
そんなアントーニョにアーサーは要らぬ借りを作ってしまった気分になり、苦虫を噛み潰したような表情で拳を握り締める。
「…ッ、礼は言わねえからな」
「は?なんの?どうでもええけど、帰りにあのゴリラをちゃんと持って帰ってや?」
「なっ…!?なんでだよ!?持って帰らねぇぞ!!」
少しだけしんみりした気持ちを返してもらいたいとばかりにアーサーはアントーニョを睨んだ。
持って帰るなんてとんでも無い。天界の爺様方が父なる全能神の元に召されたらどうしてくれる。
そうこう葛藤している内に、ゴウリーは「あっ!そうだわ!菊ちゃん聞いてちょうだい!」と野太い声を上げて菊の元へとドシンドシンと走って行った。
「……ッ!」
アーサーは眉間を指先で揉み解しながら何とか精神崩壊しそうな気持ちを堪える。
肩を震わせるアーサーを見遣り、アントーニョは大仰な溜息を吐いた。
「なんやねん、もっと喜べや。これで眉毛も既婚者の仲間入りやんけ」
「おっ!?お前なぁ…ッ!!この世界のどこにあんなゲテモノを嫁にって薦められて喜ぶ狂人が居るってんだよ!?しかもアレ男だろうが!?俺はノンケなんだ!!!」
巫山戯んな!!とアーサーは再度沸き立つ怒りそのままにアントーニョを怒鳴りつける。
対するアントーニョは小指を右耳の穴に突っ込み「やかましぃ眉毛やのぅ」とウザそうに眉を顰めていた。適当な態度のアントーニョにブチンッと頭の中で何かがキレる音がする。アーサーは口の端を吊り上げ…いや、引き攣らせた。
「……ッ!!は、はは!OKOK!一先ず結婚どうのって話は後回しだ……先ずはやらなきゃならねえ事があるからな」
「…?」
不穏に笑うアーサーにアントーニョは胡乱気な目を向ける。
「テメェに礼節ってもんを教えこんでやるぜ!!このカボチャ野郎が!!!!」
「!!」
突然殴り掛かってきたアーサーの拳を瞬時に避けて、アントーニョは数メートル後方に飛び退いた。
大変面倒な役目を押し付けられ、言いたい事も言えずシエスタも不十分で更に先に天敵である相手から攻撃を仕掛けられた事にブチッと長い筈の堪忍袋の緒がキレたアントーニョは表情を削ぎ落とし、翡翠の瞳を冷たく眇める。
「…その喧嘩高うつくで?…あと俺はトマトの方が好きや。覚えとけ…このクソ眉毛がぁあああ!!」
ダッと床を蹴り、アーサーに向かってアントーニョが跳躍すると、頭部目掛けて蹴りの体制に入った。
当然アーサーは右腕でガードし、忌々しそうにアントーニョの足を薙ぎ払う。


突然起きた乱闘に周りの者達は一瞬唖然としたが、サッと顔色を変えて2人の周囲に集まり出す。
アルフレッドは骨付き肉を手にテーブルに座ったままで、ロヴィーノはテーブルの下でゴースト達を足元に、キレたアントーニョの姿に驚き唖然と固まっていた。
いつの間にか復活した秘書Aはスマホのカメラで菊を盗撮している。こいつは後でシメる。とギルベルトが今後の予定に組み込んだ。
ゴウリーは菊の手を握ったまま目を丸くし、菊は場内乱闘にアワアワと慌てている。
「えっ!?ど、どうしましょう!?アーサーさんには記憶喪失になってもらうしか無いですかね!?ですよね!?もうそうしましょうか!!」
「はあ!?記憶喪失ですって!?アンタの頭の中がどうしましょうってレベルなんだけど!?」
記憶喪失と何とも恐ろしい単語を吐く菊にゴウリーはギョッとする。それでもゴウリーの言葉が届いていないのか尚もテンパる菊にギルベルトは待ったを掛けた。
「落ち着け菊。俺様が行く」
「ギルベルト君……ッ」
「やだギルちゃんがカッコイイわ!」
ギルベルトは肩の装飾を外すと、指先をボキボキ鳴らしながら乱闘する2人に近付く。
アーサーもアントーニョも漏れ出る殺気が冗談にしては剣呑である。
「……チッ」
ギルベルトは舌打ちすると盛大に眉を顰めた時だった。
「ラチがあかねぇ!いっそテメェの存在ごとこの世界から消えやがれっ!……ほあたっ!!」
「!」
アーサーが青筋を浮かべ、目を血走らせたまま星付きの杖をアントーニョに向けて呪文を唱えた刹那、星から眩しい閃光が飛び出した。
咄嗟の事にアントーニョは身を交わして難を逃れたが、ソレは背後に迫っていたギルベルトに向かう。
「!?ーークソッ!!」
ギルベルトも間一髪で横に逸れたが、そこでハッとする。
「やべっ!!菊!!!」
そう。背後には菊が居るのだ。振り返ったギルベルトはしまったと目を見開いた。
息を呑む菊とゴウリーの元で閃光がゴウリーのデカい腕に当たる。
「ーーッ!?」
ーーカッ!!
ーーーバチンッ!!!
「あん!痛ッ!?へっ!?…ッウォオオオオギャーッ!!!」
そのまま眩しい光がパッと広がると、悍ましいゴウリーの悲鳴(?)が響き渡る。あまりの眩しさに周りの者は目を開けていられない。
「……ッ!」

漸く光が収まり、ギルベルトが目を開けた時には、菊とゴウリーの居た場所には誰も居なかった。
「……」
ギルベルトはフラフラと足を進めながら、あたり一帯を見渡す。だが、菊の姿を捉える事はできなかった。
「……ッ、菊?菊、何処だ……?き、きく?ーー菊ッッ!!!!」
アーサーもまさか自分の魔法が魔界の妃である菊に当たるとは思わず放心した。
誰もが信じられない出来事に呆然としている。
しかしその中で行動が早かったのは自他共に認めるストーカーであるゴースト達。ゴースト達は空中に浮遊すると、天井裏や城の外をくまなく捜し始める。
「……ギルちゃん」
アントーニョは呆然と立ちす尽くすギルベルトの背中にそっと手を掛ける。
「ーー、」
ボソボソと小さく呟いているギルベルトにアントーニョは眉を寄せた。
アントーニョが再度ギルベルトの名を呼ぼうとした瞬間、ギルベルトから赤黒い瘴気が上がりだした。その瘴気を認識したと同時に、見えぬ何かにバチンッと凄まじい勢いで弾き飛ばされてしまう。
「ーーグァッ!!!」
「!、トーニョ!!!」
壁に穴を開けて床に崩れ落ちたアントーニョは意識が無いのかピクリとも動かない。そんなアントーニョにロヴィーノが悲鳴混じりに叫ぶが、アントーニョからの返事は返らなかった。
「……ッ、おい…?アントーニョ?……おいッ!!」
ロヴィーノにとって育ての親であり、兄でもある太陽の様なアントーニョはいつも強く逞しく守ってくれていた。どんなに苦しくても辛くても笑い、弱り切った姿を見た事が無いのに……、今、アントーニョはロヴィーノの目の前で床に伏しピクリとも動かない。
一体ギルベルトが何をしたのか分からなかった。ただ、ギルベルトから赤黒い瘴気が上がった事しか分からない。
ロヴィーノはテーブルの下から飛び出すと、横たわるアントーニョの身体を揺さぶった。
「おい!おい!!起きろこんちくしょうめ!!……ッアントーニョ!!!」
固く閉じられた瞼は開かない。太陽のような笑顔を見せてもくれない。ロヴィーノは震える唇を噛み締めた。
ロヴィーノの隣にアルフレッドが直ぐに現れ、アントーニョの胸元に耳を当てて目を閉じている。
アルフレッドは上体を起こすと険しい表情でロヴィーノを見つめる。
「……おぃ、どうなんだよ…ッ」
「よく聞くんだロヴィーノ」
アルフレッドのその不穏な雰囲気に思わずゴクリと喉がなった。
「落ち着くんだゾ。…大丈夫、アントーニョはただ寝てるだけさ」
「…………は?」

ただ寝てるだけ?

ロヴィーノは拍子抜けした様にポカンとした。アルフレッドの神妙な顔にもしかして死んでしまったのでは?と嫌な考えが過ぎった自分が恥ずかしくなる。
だが、生きていて良かったと安堵感から眉間のシワを緩めた。
大袈裟なアルフレッドを殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、返り討ちにあうのでやめておく。
アルフレッドはそんなロヴィーノの心情にお構いなく「それよりも……」と未だ立ち尽くし、沈黙したままのギルベルトを見つめた。
ロヴィーノもいつに無いギルベルトの雰囲気に恐怖を覚える。
「俺の見解なんだけどさ、ギルベルト、キレちゃってるみたいだね」
「…は?……はあ!?誰がどう見てもそうとしか思えねえだろうが!コノヤロウ!!」
目の前で最愛の妻を消されたのだ。キレない方が可笑しい。しかもギルベルトは魔界でもかなり有名な愛妻家である。
そうなると、事の発端であるアーサーが危ない。
アルフレッドはどうしたら良いのか分からないのか、呆然と自分の杖を見つめるアーサーを見遣った。
「ロヴィーノ、俺たちは今こそHEROになる時なんだゾ!俺はあの眉毛を此処から連れ出すからギルベルトの事頼んだよ!君なら出来るさ!」
「……チギッ!?いやいやいやいや!何でだよ!?まだベッラのナンパに成功した事もねえのに此処で死ねるか!俺は絶対ベッラとデートするんだ!ってか魔界でHEROとか寝惚けてんのか!?俺は嫌だ!他の誰かに頼めよ!…ッ良い笑顔でこっち見んなカッツォ!!!」
ロヴィーノが猛抗議をしていた時だ、突然ザワリと空間が張り詰める。目の前のアルフレッドは言い知れぬ恐怖に目を見開いて冷や汗が流れ、尖っている筈の耳は横に垂れている。ロヴィーノは再び襲う緊張感に身を固くした。
「……ッァァアアアアアァアアアアアア!!」
「「「ーーッ!?」」」
ハッとした時にはギルベルトの姿が消え、アーサーの首を片手で締め上げている。
「ア…、アーサー!!!!」
アルフレッドが悲鳴に似た声で名を叫ぶ。
飛び出そうとしたアルフレッドをロヴィーノが肩を掴む事で阻止すると、アルフレッドはギッと睨み据えてくる。当然ながらその瞳には批難の色が濃い。ロヴィーノはオリーブ色の瞳で真っ直ぐ見つめ返した。
「落ち着けコノヤロー。今向かって行ったところでトーニョの二の舞だぞ」
「分かってるよ!でもどうすれば良いんだ!!」
悔しげに眉根を寄せるアルフレッドにロヴィーノは「一かバチか…一言叫べば良い」と不敵に笑んだ。
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