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高級感漂うレストラン。
天井高くから吊り下がる大きなシャンデリア、白いテーブルクロスの上に金色の燭台と赤い薔薇。そして豪華な食事の数々。
ギルベルトは久しぶりの外食だというのに、どこか複雑そうな表情を浮かべていた。
それもその筈、この外食は公務だからだ。
どうせ外食するなら愛する妻、若しくは可愛い弟とが良かったのだが仕事なのだから仕方ない。
今回は妻である菊も同席するのだから今までより退屈という訳では無いのだが、自分の妻をありとあらゆる視線に晒すのが嫌なのだ。
特にこの天界からの外交官には会わせたくなかった。
「今度良い茶葉が手に入ったら、直ぐにお届けしますよ」
キラキラ輝く金髪に翡翠の瞳。高い鼻筋、白い肌。紳士というよりまるで御伽噺の王子様の様に微笑む外交官。
「まあ、それは楽しみですね。有難う御座います」
艶やかで黒く長い髪が背中に流れ、小振りな赤い唇に低いが形の綺麗な鼻。大きな琥珀の瞳と物腰柔らかな微笑みを浮かべる妖艶な己の妻。
「魔王様にも是非ご賞味頂きたい」
妻に向けるのとは違う冷たい翡翠の瞳が此方を見遣る。
ギルベルトは赤の瞳に苛立ちを込めて皮肉に片方の口端を釣り上げた。
「…それは是非と言いたいが、俺様は珈琲派でな。鼻につく匂いは吐き気がする」
途端に外交官の翡翠の瞳が剣呑に光る。
「…ハハ。これは失礼しました。茶葉は優雅な妃様にこそ相応しいですね。私には珈琲はどうも…、泥水のようで臭くて敵いませんよ」
「ぁあ゙?」
瞳を眇めて睨み合う赤と緑。
菊は大きく溜息をつきたくなるが、何とか耐える。どうも魔王であるギルベルトと天界の外交官、アーサー・カークランドは馬が合わないようだ。
そもそも魔界と天界なのだから合わなくて当然である。
ギルベルトの祖父(先先代魔王)がまだ若い時代、人間界を挟んで戦争していたが、既に過去の事。
今は魔界と天界は共存する関係になっていた。
天界との半年に一度の会食は大事な公務の1つ。
魔界からの外交官として天界にはルートヴィッヒが派遣されている。
天界から魔界へと派遣されたのが、この天使職のアーサー・カークランド。
ギルベルトとの結婚式の際には天界からも上官クラスが多く祝辞にやって来た中にアーサーが居り、愛想良く笑う菊に気を良くしたようで(というか人妻を厭らしい目で見ている)、何かと天界から贈り物をしてくる。それは大きな薔薇の花束だったり、茶葉だったり、真っ黒な炭(即処分)であったりと様々だ。
「「……」」
睨み合いが続く2人にどうしたものかと菊が困り果てた所でバタバタと扉の向こうから足音が響き渡る。
「あ?なんだ?」
「ケッ、魔界の高級レストランとやらも従業員の育ちの悪さは隠せねぇな」
騒音に眉を顰めるギルベルトにアーサーがここぞとばかりに皮肉を存分に込めて…というか、皮肉しか無い台詞を投げつけて鼻で笑った。
カチンと来たギルベルトが手元のフォークを握り締めた所で、両開きの扉が音を立てて開かれる。あろう事か扉は無事に開く役目を終えるどころか衝撃で無惨に吹き飛んだ。
「ッ!?」
「アーサァア!!!見つけたんだぞー!!!」
金の髪に碧色の瞳、茶色い犬の様な耳とフサフサの尻尾を持つ狼男、アルフレッドが目に涙を溜めてアーサーを睨んだ。
「ア、アル!?」
「あらまあ…」
まさか騒音の主がアルフレッドとは思わずアーサーは目を大きく見開いて驚いた。
ギルベルトはポカンと口を開けて固まり、菊は口元を指先で隠して驚いた声を上げる。
「もう!どうにかしてくれよ!!君なら何とか出来るだろう!?駄目なら天界で隔離してくれないかい!?」
「ッ!?ちょっ…!アル!…首!!…ちぎれ…ッ!」
アーサーの前まで走って来ると、大きな手でアーサーの肩を掴み、何事かを訴えながら激しく揺さぶった。
前後に揺さぶられるアーサーの頭が飛んでいきそうだ。
「ケセセ、良いぞ!そのまま捥いじまえ!」
「ギルベルト君!何て事を…!外交問題ですよ!」
囃し立てるギルベルトに菊はギョッとし、天界からの抗議に青褪める。
ギルベルトは「まあ落ち着けって」と、あたふたする菊の指先を絡め取って握り込むと呑気に宣う。
「何を呑気な!」
「いやいや、アレも一種の戯れ?んー、愛情表現ってやつか?」
天井のシャンデリアを見上げてギルベルトが放つ台詞に菊の目が見開いた。
「あ、愛情表現……?」
「そーそー。昔は兄弟みてぇに育ったらしいぜ?デカくなったアルが魔界に移住しちまって、そんで、眉毛が外交のついでにアルの世話焼きに来てんだ」
ギルベルトの説明に何と稀な関係かと菊が目を丸くする。遠くで「眉毛って聞こえてんだよ!クソイ〇ポ魔王が!」とスラング混じりの批難が飛んでくるが、ギルベルトはどこ吹く風だ。
「アントーニョにご飯に誘われて行ったらそこは地獄で……ッもう!兎に角!あのバケモノを何とかしてくれよ!!」
「あ?アントーニョだ?ってかバケモノ?」
どうにも穏やかじゃない。
アルフレッドはアーサーの肩を解放すると頭を抱えてその場に蹲る。
尋常じゃないアルフレッドの様子にアーサーが慌ててその隣に膝をついて様子を窺った。
「アル?バケモノって何だ?何があった?」
「何度殴っても、吹っ飛ばしても、埋めても意味が無いんだよ!何回だって真っ赤な分厚い唇で笑いながら復活するんだぞ!!もう限界なんだ!!」
涙目で叫ぶアルフレッドの肩を慰める様に叩き、アーサーはキリッとした表情とは裏腹にニヤけそうになる頬を必死に抑えた。
あの生意気な元弟がやっと、やっと頼って来てくれた。しかも涙ながらにこの兄の存在を頼って来ている。今まで邪険にされて来た事が全て報われていく心地がした。なんて清々しい気分だ。
「俺に任せるんだ。絶対守ってやるからな」
「ア、アーサー…」
2人の世界が作り出されていく片隅ではギルベルトと菊が「バケモノ?」と頭を傾げている。
ここ最近、そんな手強そうなモンスターの情報は入って来ていない。寧ろ何処の地区のモンスターも比較的大人しく生活しており、討伐依頼すら来ていないのだ。
しかも討伐隊で最も腕っ節の強いアルフレッドが泣き言を言う程に強いモンスターなど居たのだろうか?
ギルベルトは眉を顰めて思考するが、とんと覚えが無い。
そんなギルベルトを菊が心配そうに見上げた。
「ギルベルト君?そんなに恐ろしいモンスターが?」
「ん?いや、まだ報告は受けて無えし、そんな強えのが居たら野放しになんかしてねぇし…どっかから迷い込んだのか?」
しかし何処から?と更に唸るギルベルト。眉間に皺を刻んで黙り込んだギルベルトを菊は不安げに見つめた。
「バケモノの特徴はあるか?」
「え、えっと、俺よりも大きくて、力も強くて…あ、あと!オーガに似てるゴリラみたいな変なモンスターさ!」
「オーガに似てるゴリラ?」
アルフレッドの挙げた特徴にアーサーは新種のモンスターなのかと訝しむが、ギルベルトは「あ」と該当してしまうモンスターを浮かべる。
「…マジか、アイツ…マジか」
ギルベルトが心底「やっちまった」感を醸し出しながら息を吐けば、遠くから「Myスウィートォオオオオオ!!!」と野太い咆哮が響いて来た。
「「ッ!?」」
「NOooooo!!!!」
「…やっぱりかよ」
アーサーと菊は息を呑み、アルフレッドは恐怖のあまり悲鳴を上げ、ギルベルトは納得がいったのかゲンナリした表情を浮かべた。

ズオオオオオオッと音がしそうな勢いで部屋の中に駆け込んで来た人物、そう、ゴウリーだ。
堀の深い目元には影が差して真っ黒だが、悍(おぞ)ましい程に碧色の瞳が光っていた。
その眼光がある一点、怯えるアルフレッドの姿を捉えるとニタリと真っ赤な口角が釣り上がった。
「んふふ。見ぃつけたぁ〜My Sweet」
気合いの表れか、いつも以上に赤く塗られて油の様にテカテカする唇から投げキッス(凶器)をお見舞いしている。
「Nooooo!」
「何だこの汚ねえゲテモノ!気持ち悪っ……!」
アルフレッドは白目で卒倒しそうな程叫び、アーサーは素直に罵倒した。
「ちょいと!そこの眉毛!誰がゲテモノよ!!」
アーサーの発言が気に入らなかったのかゴウリーが食ってかかる。
「ぁあ?眉毛は紳士の証だろうが!クソが!!」
「今度はクソ!?巫山戯んじゃ無いわよ!アンタの眉毛このゴウリーちゃんが細くしてやろうか!?ぁあ゙ん?」
ゴウリーがゴソゴソと可愛いハート型のポシェットから取り出した物……お手入れ用の剃刀だ。
「ンだと?……ッ上等だこのゲテモノが!!塵にしてやる!!」
凡そ天使とは程遠い凶悪な人相でアーサーは星付きの杖を構えた。
「…ハッ!そうだ!……Hey!アーサーの眉毛が細くなったらきっと君好みのイケメンになるよ!!我ながらNICEな見解だよね!」
「「ッ!?」」
そこでアルフレッドがハッとしてポンと手を打ち、ゴウリーに提案する。
その提案にゴウリーは目を見開き、アーサーはまさかの裏切りにギョッとアルフレッドを振り返った。
傍観を決め込んでいたギルベルトも元とは言え兄を売るアルフレッドに頬が引き攣る。薄情な奴だなと。
「……な、なんですって…!まさか…」
「…ア、アル?」
「想像するんだ!眉毛を無くしたら…君の大好きなイケメンなんだぞ!!」
ゴウリーに向かい、親指を立てて華麗にウィンクを飛ばすアルフレッドにアーサーは若干涙目だ。
ウィンクを飛ばされたゴウリーは己の手にある剃刀とアーサーの眉毛を交互に見て、カッと刮目すると同時に頬を真っ赤に染めた。
「…おい、何だその気味の悪い反応」
アーサーは一歩足が後退する。
「…良いかもしれない。何故その可能性に気付かなかったの!?んもぅ!ゴウリーのお馬鹿ちゃん!」
テヘッとデカい拳で己の頭をゴツンと叩くゴウリーに吐き気を催す一同。だがその中でもアーサーだけは身の危険を産まれて初めて体感していた。
「んふ!どんな形が好み?優しい感じの?それともセクシーな感じ?何ならアタシ好みにお任せしちゃう?良いわよぉ任せな!」
一人で話を進めて決定するゴウリーに、アーサーは恐怖から杖を構えた。
「くっ来るなゲテモノ!!!一歩でも近付いてみろ!お前をこの場から消し去ってやるからな!?」
毛を逆立てる猫の如く、アーサーは引き攣る頬を我慢しながらゴウリーを威嚇した。
そんな威嚇もゴウリーからしたら子猫同然。
「やぁね、震えちゃって可愛いわ」
「なっ……!?ふ、震えてなんかねえよ!!どんな視力してんだコラ!塵にすんぞバカぁ!!!」
図星をつかれたアーサーは弱味を見せまいと必死である。その様子が少し哀れにもなってくる一同。
「…ゴウリーさん、一度座ってお茶でも如何ですか?」
そこに天使の声…いや魔界の妃の声が凛と響いた。緊迫していた空気を和らげる菊にギルベルトは苦笑する。魔界の者でありながら元来争い事を好まない菊らしいと思った。
「そうだな。まあ、落ち着けよお前ら」
ギルベルトも座っていた席に座り直し、テーブルに頬杖をついて唖然とする周りの者達に目を配る。
「……仕方ないわね。菊とギルちゃんが言うならゴウリーちゃんもお茶会に参加してあげるわ」
「いや、茶会じゃねえし。ゲテモノは帰れよ」
はぁと大きなため息をついて、肩を竦めるゴウリーが空いていた適当な席に座る。そこはアーサーの席だ。
「……おいコラ」
思わずアーサーはゴウリーが座った椅子の脚を蹴る。
するとゴウリーは何故か頬を赤く染めてアーサーを見つめてきた。ビクッとアーサーの肩が跳ねる。
「やだ、早く帰ろうって催促なのん?こっちでもツンデレしちゃうのね。あっちだと面倒臭い子とか思ってたけど、見方を変えたら可愛いじゃない!!」
訳の分からない事を1人でブツブツ言うゴウリーにアルフレッドは快活な笑みを浮かべた。ゴウリーの隣に椅子を引いて持ってくるとそこに座り、アーサーに声を掛ける。
「アーサー良かったじゃないか!ずっと独身貴族だったけど、君に良い伴侶が見つかって嬉しいんだゾ!!式はいつだい?」
「アルゥウウウウウ!?!?」
「いやん!アルちゃんったら、気が早いんだから!アタシは今から挙式でも良いんだけどね!でもそうよね!善は急げって言うじゃない?そうと決まればウェディングドレス選びに行かなくっちゃ!!」
「や、やめろォおお!!!」
アルフレッドの裏切りにアーサーは血の涙を流す勢いで泣き叫んだ。
しかもだ、結婚ルートがトントン拍子にすすんでいくでは無いか。人の話を聞いて欲しい。何故こうなった。
またギャーギャー騒ぎ出した3人を前に、ギルベルトは興味を無くして目の前の珈琲を飲み、菊は「外交問題…でもゴウリーさんは人間だから魔界とは関係無いけど……ああそうです!此処は魔界…」等と青い顔をしていた。
そこでパシャッと聞こえたシャッター音にギルベルトはゲンナリした顔を晒す。このシャッター音が聞こえたという事はだ、奴が居る。
ーーゴッゴン!!
〈あっ、ちょっと…痛ッ!?痛い!何すんですか!?毎回毎回同じ所狙って来てッ痛い!!〉
ーーガンッ!ゴッ!!
「……次から次へと」
聞こえて来たのは争っている様子の例の変態コンビだ。しかも犬猿の仲の方の。
ギルベルトは大きく嘆息すると、両開き扉に掌を翳して、クルッと返したのと同時に勢い良く扉が開いた。
「ーーッどゎああ!?!?」
扉から身を投げ出すように飛び込んだのは秘書Aと、黄色いゴーストのザコだ。
突然の乱入者に菊も、騒いでいた3人も驚いた様に扉で転がる者を見下ろした。
ザコは慌てて空中に浮遊すると、手にしていた小さなハンマーで秘書Aのカメラをゴシャッと粉砕し、慣れたように菊の背中に隠れる。
「……ッカ、カメラァアアア!!!!」
粉々になったカメラの残骸を前に床に伏したまま秘書Aは叫んだ。煩い程に。
ギルベルトは隣に座る菊の背後に隠れてニヨニヨしているゴーストに嘆息した。なんでこうもやる事は同じな癖して仲が悪いんだろうと頭を抱えたくなる。
「…おい、お前ら偶には仲良く出来ねぇのか?目的は同じなんだろ?」
「ーーッ!?!?!?」
ギルベルトの発言が天変地異でも起こしたのかという表情でザコが目を真っ白にポカンとしている。なんだこの顔。
するとザコはハッとした様に辺りをキョロキョロと見渡し何かを探している…ように見える。
「……ッ!!!」
探していたと思ったら、今度は短い手先で自分の額辺りをペシッと叩くザコ。何だか既視感が半端ない。
「?、何かお探しですか?」
心配そうに菊がザコに訊ねるとザコは大きく頷いた。
それはお困りでしょうと菊が共に探そうと申し出るも、ザコは左右に頭を振り拒否している。生意気な。
ザコはフンッと意気込むと、顔を紫色に発光させた。突然の顔色の悪さに菊もギルベルトもギョッとする。
目を閉じてうんうん唸っているザコが、短い手をパッと前方に伸ばした瞬間、辺りに白い閃光が走った。
「!?」
ギルベルトは咄嗟に菊の腕を捕まえて抱き込むと、安全な場所である部屋の隅に空間移動する。
光の納まった場所を見遣れば、そこには喜ぶザコともう一体のゴースト、オレンジ色のハゲがいた。おまけにロヴィーノとアントーニョまで片手にトマトを持ってキョトンとした表情で佇んでいたのだ。
「……は?え?」
「なんやの?ここ何処なん?」
キャッキャッと喜びを分かち合うゴースト達の隣で疑問をこぼすアントーニョ。そりゃそうだろう。
どうやらザコは念能力か何かでハゲの居た一帯をココに転送させたようだ。万能ゴーストか。
さっきの何かを探している様子も相棒のハゲの事だった。ザコの相棒は用心棒の為に昨日からロヴィーノに付きっきりだったのだ。しかも意志を伝える為の手段、ホワイトボードはハゲが持っている。不便だと思ったザコは転送能力を使って呼び寄せたのだ。
「……あらやだ!ロヴィーノちゃん!それにアントーニョちゃんじゃなぁい!」
ゴウリーの心臓にまで響く声音にロヴィーノは、ちぎゃあああああああ!?と恐怖に飛び上がり、アントーニョは呑気に手を振って答えている。
「ゴリ…ゴウリーやん!ここで何しとるん?」
「それがねアントーニョちゃん!聞いてちょうだいよぉおお!!」
アントーニョに向けてドスドスと歩み寄るゴウリーにロヴィーノは慌ててその場から逃げ出し、テーブルの下に潜り込んだ。
「どないしたん?」
「どうもこうも!!アタシね!!」
ロヴィーノの反応を他所にアントーニョはゴウリーと世間話をしている。何故平気なんだ!とロヴィーノは胸中でアントーニョを批難した。
「明日結婚式を挙げるのよ!絶対アントーニョちゃんもロヴィーノちゃんも来てね!ゴウリーの綺麗で可愛い姿を見てちょうだい!!」
「……?、なんや突拍子の無い。葬式やのうて結婚式なん?冠婚葬祭の意味分かって言うてんの?それとも寝言なん?」
何とも失礼極まりないアントーニョの返しにゴウリーは気分を害するどろか、ウフンと不気味に笑む。
「やぁね、冠婚葬祭ぐらい分かるわよ!アルちゃんがアーサーちゃんを紹介してくれたのよ!もう目と目が合う瞬間に……を見事に体現したわ。腹の底から溶岩が噴き出しそうになる怒りにも似た感情は恋だったのね…。お互い一目惚れなのよ。ゴウリー幸せで死んじゃいそう!いやーん!!!」
「きっしょ。そのまま墓穴行けや(ボソッ)。そーなん?おめでとうやなぁ。ほんでもあの眉毛も物好きやなぁ。クセもん同士お似合いやと思うで」
のほほんと会話するゴウリーと軽くディスるアントーニョにアーサーは奇声をあげそうになって、紳士たるもの慌てて叫ぶなんて有り得ない!と何とか堪えた。
「……ッ、お、おい待て。何捏造してんだ。一目惚れなんかする訳無いだろう」
頬が引き攣るも我慢して冷静を装うアーサー。
「やだ酷いわ!でもツンデレなのは分かってるの!ゴウリー傷付いてなんか無いから安心して!」
ゴウリーはプレパラートガラスのような心を持つ乙女(?)では無く、鋼の心を持つ乙女(?)である。
「ーーなッ!?ひ、人の話をちゃんと聞けゲテモノが!!!ツンデレじゃなくて本心だってさっきから何遍も言ってんだろおおおおおがァアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!」
アーサーはとうとう紳士の顔をかなぐり捨てると白目を剥いて叫んだ。混乱を極めているのか語尾が奇声になっている。

またギャーギャーと騒ぐ団体。しかも今度はアントーニョまで参戦してゴウリーを囃し立てて遊んでいる。
ギルベルトはテーブルの端に座りまだ残っていた料理を平らげようとするアルフレッドを見遣る。このゴウリーの暴走はアルフレッドの計算によって招かれたものだと予想した。
ゴウリーからのアプローチが上手い具合にアーサーに向き、アルフレッドはさぞ清々した事だろう。料理を口に含みながら笑みを浮かべ、騒ぎに関しては知らぬ顔。テーブルの下に潜り込んで震えるロヴィーノにサラダを差し出してさえいる。サラダは野菜嫌いのアルフレッドがロヴィーノに押し付けているようにも見えるが……。
「……ったく、今じゃなくても良いだろうに」
ギルベルトは思わず溜め息を吐いた。
わざわざこの魔界と天界の会食の日じゃ無くても良いのに。何か問題があれば〈だから魔界は…〉と天界のじぃさんやあの眉毛にネチネチ文句という名の抗議文がギルベルト宛に届くのだ。しかも大層な書簡で。アレは本当に面倒くさい。無視したらしたで更にクレームがくる。あの眉毛から。
また大きく溜め息を吐くと、ギルベルトは未だ騒ぎの真ん中で笑うアントーニョを呼び寄せた。
アントーニョはニコニコと笑みを絶やさずに、ギルベルトの呼びかけに頷くと、ひとっ飛びで目の前にやって来る。人の気も知らずに能天気だ。…いや元から能天気だったとギルベルトは胸中で落胆した。
「ギルちゃんなんやの?今オモロい所やねんで?混ざりたいん?」
「誰が混ざるか!それはそうと、お前アルフレッドに何かしたのか?」
ギルベルトはアルフレッドが最初に語っていた《アントーニョにご飯に誘われて行ったらそこは地獄で……ッ》という台詞に違和感を覚えていた。そこに悪友であるアントーニョの名前があったのだ。
アントーニョは最初キョトンとしていたが、アルフレッドに何かしたのか?という問いに納得がいくと、パッと眩しい程の笑みを浮かべた。
「ぁあ!それな親分の妙案やねん!血を流さず、平和的にバケモンから子分を守ってんで!親分凄ない?な?」
隣で話を聞いていた菊は疑問符を浮かべていたが、何か思い当たる事があったのか「なるほど」と頷いている。いや、なるほどじゃない。
「菊?何か知ってんのか?」
「え、えぇ。先日フェリシアーノさんの所でお茶をしたでしょう?あの日、ロヴィーノ君がフェリシアーノさんのお店に伝票のサインを貰いに来たら、ちょうどゴウリーさんと鉢合わせまして…」
そこまでの説明でギルベルトは「なるほど」と思ってしまった。どうせその時にロヴィーノに一目惚れをしてストーカーになったんだろう。
ギルベルトは当時のロヴィーノに心から同情した。女好きなロヴィーノがオンナまがいな化け物しかもマッチョゴリラから追いかけ回されたら夜も眠れなかったに違いない。
「そうやねん。親分がサイン貰わんかったばっかりに可哀想な事してもうたわ……」
はぁ。と溜め息をつくアントーニョ。
「で?その子分を守る為にお前がゴリラにアルフレッドを宛がった訳だな?」
「お!正解!なんや鋭いやんギルちゃん!ゴウリーにな《アルフレッドって可愛い男がもう直ぐしたらココに来るで。お前に会いにな!》って言って頬染めとるゴウリーにアルフレッドを呼び出したってん。どや?平和的やろ?最初は人ン家の床やら壁やら壊しよるから、どつき回して埋めたろ思ってんで」
「お前……」
ギルベルトはアントーニョの発言に言葉を失う。何とも魔界的な発想だが、そのおかげで会食が大惨事だ。菊も隣で言葉を失い青ざめていた。
「ほんでも、あのバケモンが眉毛に行くとはなぁ…、結婚する言うとるし、魔界とはオサラバやん。結果オーライやない?」
勝手に完結させようとするアントーニョにギルベルトは何度目かの溜め息を吐いた。
「兎に角だ。ココは公式な場だからな揉め事は困るんだっての!お前が原因なんだからな!何とかしろよ!」
「えーっ!?なんで親分なん!?理不尽やで!」
ブーブーと文句を言うアントーニョにギルベルトは顳顬に筋を浮かせた。
「ア?理不尽?この世はなぁ!理不尽で出来てんだよ!!そんなに理不尽ってんなら【魔王様からの勅命】って事でちゃんと問題解決しやがれ!!じゃねえとテメェの農園を閉鎖させてやる!!」
「ちょお待ってや!!理不尽以前に職権濫用やで!?信じられへん!」
「うっせえ!あのゴリラとその他諸々全部連れて外に出ろ!!」
ガッと怒りを顕に怒鳴れば、アントーニョは唇を尖らせて「はいはい魔王さんの仰せのままにー」と渋々騒ぎの元へと戻って行った。大事な農園を閉鎖される訳にはいかない。
「本当に大丈夫なんでしょうか…」
「んー。そうだな大丈夫じゃなかった時は殴って記憶喪失にでもしてやろうぜ。あの眉毛をな」
それは私情が混ざってやしないだろうか?と菊は思うも、これも魔界と天界の平穏の為だと思えば、アーサーには記憶喪失になってもらう方が早いと思えた。
そう、多少手荒だとしても平和に問題解決できる。菊は争い事が嫌いなのだ。
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