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カリエド農園はカボチャやトマト等の野菜を栽培して出荷している魔界最大手の農園である。
この農園の経理担当であるロヴィーノ・ヴァルガスはフェリシアーノの兄にあたる。種族は吸血鬼。特徴的な髪のクルンがフェリシアーノとは反対側に付いていた。
ロヴィーノがデスクで片付けているのは、全て納品伝票である。
経理管理が緩い農園主であるアントーニョに変わり、農園の経理を担当しているのだ。紙束を全てファイルに綴じ入れて、とりあえずのノルマを達成し、大きく腕を上げて伸び上がる。
「ん〜!今日も働いぞこのやろー」
顧客リストのファイルをパタンと閉じようとした時、ふとデスクの下に落ちている伝票を見つけた。まだあったのか。危なかった。と内心冷や汗を流し、伝票を拾い上げて名前を確認する。
「…ん?」
しかしその伝票には、印字された名前だけがあり、受取のサインが成されていない。配達したのは誰だとシフトを確認すれば、やっぱりというかアントーニョだ。
「あんの野郎…!!」
堪忍やで?と言いながら笑うアントーニョが頭に浮かぶ。ロヴィーノは前髪をぐしゃりと掴み眉根を盛大に顰めた。
きっと配達先で話に夢中になり、サインをもらい忘れたのだろう。
そのアントーニョ、今日は悪友であるフランシスの所へトマトの配達に赴いており、そのまま飲み会をして農園には戻らないという。自由人か!とロヴィーノが苛立ちに任せてデスクを殴りつけるが、自分の拳がジンジンと痛むだけだ。
「くっそー。仕方ねえ…。偶にはアイツに何か作らせるか」
ロヴィーノは大きく嘆息すると、ジャケットを手に部屋の出口に向かう。ジャケットのポケットには納品伝票がある。
明日二日酔いで出勤するだろうアントーニョに頭突きで挨拶してやろう。と密かに鬱憤晴らしの矛先を定めて、農園を後にした。

農園の外に出れば、太陽の光が眩しく目に痛い。吸血鬼は夜行性なのだが、ロヴィーノは昼間に行動する希少な吸血鬼であった。
ロヴィーノはコウモリになる事も出来る。コウモリになって飛んで行けば早いのだが、ロヴィーノは市街地をのんびり歩くのが日課である。
当然、目的あっての事だ。
「君の様に美しい金の髪に世界が嫉妬を覚えそうだぜ、俺は君の髪に虜だけど」
「あら、ありがと。でも彼と待ち合わせしてるの。ごめんなさい」
「チギ…ッ!」
ロヴィーノの目的はナンパだ。
目に付いたありとあらゆるヴェッラに声を掛けては撃沈している。ロヴィーノの昼間に行動する希少種というのも、このヴェッラをナンパする為という、何とも気合いの入った理由である。世間一般からは「何だその理由」と渋い顔をされるだろう。
「なんだよ…、全然上手く行かねえぞ!これもアントーニョのせいだ!ファンクーロ!!」
アントーニョの奴、絶対とっちめてやる!と些か私情も含めた怒りが湧いた。
ロヴィーノがヴェッラをナンパしながら目的地に着いた頃には既にオヤツ時だった。
今日も完敗だったと沈んだ気持ちで目的地の裏口扉を潜り、勝手にドカドカと店内に入り込んだ。
勝手知ったる何とやらである。
「おい、バカ妹。伝票にサインが無えぞこのやろー」
伝票片手に妹であるフェリシアーノの姿を探し、カウンターを覗きに行けば此方に背を向けた大柄な男、きっとオーガかなんかのモンスターだろう。
そのモンスターと向かい合う位置に妹のフェリシアーノ。何で向かい合ってんだ?と思いながら、その後方に居た人物にロヴィーノの気分は一気に上がった。
サッとその人物、魔界の妃である菊の隣に跳躍すると、細い指先を優しく包み込む。
「!、あら、ロヴィーノ君、お久しぶりですね」
少し青い顔の菊はロヴィーノの出現に驚いたが、どこかホッとした様に微笑んだ。
「菊、顔色が悪いな。どうしたんだ?あの馬鹿魔王と何かあったのか?良かったら相談に乗るぞ」
菊の顔を覗き込む様にロヴィーノが窺う。
「いえ、ギルベルト君とは良好なんですよ、今は問題が…」
眉を下げて余程困った顔をする菊にロヴィーノは指先に力を込めて「俺を頼れよ」といつに無い真面目なオーラで囁けば、菊がバッと期待に満ちた顔を上げる。
だが、菊の背後に張り付いていたオレンジ色の塊、ハゲが必死に頭を左右に振っている。
「?よう、ハゲ。お前も居たのか。ってか何だ?何かあったのか?」
頭に疑問符を浮かべるロヴィーノの背後に大きな影が差した。
「ま、まさか…そんな…、ロ、ロマちゃんなの!!??」
「は?何だ??」
ロヴィーノが低い声音に驚き、振り返った先には大きな黒い塊。
上下真っ黒なスーツに短い金髪。逞し過ぎる筋肉、男らしいケツ顎、高く大きな鼻からは何故か鼻血。そしてその口にはカボチャらしきカスが張り付いて汚い。思わず「チギッ…!」と動揺の声が漏れる。
「だ、誰だこのやろー!!ゴリラにもオーガにも知り合いは居ねえぞ!こんちくしょうめ!」
クルンが萎びているが、菊の手前必死に強気に出る。正直目の前のゴリラには勝てる気がしないが、自称伊達男にもプライドぐらいあるのだ。
「ひ、酷いわ!!ロマちゃんまで!でも、でもね、良いの!!貴方が男ならそれで良いのよ!だってロマちゃんにはちゃんとチン○が、金○マが付いt《メキッ!》ッンゴォオ!?」
「ちぎゃあああああ!?」
目に涙を溜めてジリジリとロヴィーノに歩み寄るゴリラの顔面目掛けてプラカードが凄まじい勢いで減り込んで来た。ゴリラのあまりにも恐ろしい姿と呻き声にロヴィーノが堪らず悲鳴を上げる。
そんな怯えたロヴィーノの前に果敢に陣取るオレンジ色。ゴーストのハゲ。
減り込ませたプラカードを回収し、手の中でスイングしている。ブォンッ!と勇ましく空を裂く音が聞こえた。殺る気満々だ。
菊の隣では黄色の塊、ザコが両手にポンポンを持ってハゲを応援しているが、ロヴィーノは状況が飲み込めない。
「痛いじゃない!!乙女の美しい顔に何て事すんのよ!このオレンジ野郎がぁああああ!!」
「ーーッ!!(プシューッ!)」
凄まじい剣幕(野生的本性)で怒鳴るゴリラに対して、ハゲも顔を真っ赤に発光させて頭からプシューッと煙を噴き出している。大激怒だ。
「お、おぃ…、ハゲ、大丈夫なのかよ…?」
すっかり戦意をなくしたロヴィーノは青褪めた顔でハゲを心配する。あの巨大なゴリラと小さなゴーストでは優劣は明らかだ。
「大丈夫だよ〜。アタシも加勢する!」
そこへロヴィーノの妹であるフェリシアーノが星のステッキ片手に声を上げるが、目がまったく笑っていない。
コイツら本当、何があったんだ?と疑問に思うがあのゴリラは危険な感じがする為、事情は後で聞く事にした。
だって自分の身が大事だ。

こんな状況に遭遇したのも、すべてアントーニョの所為だと思うロヴィーノ。
明日、無事に帰れたら、先ずは頭突きからのトマト食べ放題だ。後は仕事をサボってシエスタする!

『チギーッ!!!アントーニョこの野郎!!』


「ぶえっくし!」
「ちょっ!?…汚いなぁ。何?風邪?」
遠く離れたフランシスのレストランではアントーニョが盛大にくしゃみをしていた。
そのくしゃみの飛沫をモロに受けたのが、正面でワインに舌鼓をうっていたフランシス。
飛んできた唾の飛沫を紙ナプキンで拭き取って眉を顰めている。
「んー、何やろ?またロヴィが怒っとるんかもなぁ」
「何だそれ。いつもの事だろ?」
明日の事など頭に無いアントーニョはフランシスと朝まで飲み明かしたのだった。
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