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何とか検査を終え、指先のネイル具合を暇そうに見つめるゴウリーと眉を下げて佇む菊、そして床に転がる秘書Aにゼーゼーと息を切らずルートヴィッヒ。
ルートヴィッヒからひたすらに逃げ惑い、捕まえる寸前で生娘の様に泣き叫び、ルートヴィッヒが固まる。また逃げ出した秘書Aが菊に泣き縋る寸前で捕まえる事に成功したのだが、この秘書A、またも生娘の様に恥じらい、ルートヴィッヒに動揺と悪寒を存分に与えた。
その間に検査を終えたゴウリーが事態が進まなさ過ぎると痺れを切らし、秘書Aの首元を吊るし上げ、その隙にルートヴィッヒが検査を行った。という背景がある。

ルートヴィッヒは半眼になったままギルベルトを見上げて人相悪く結果を紡ぐ。
「…げ、言動は危険だが、数値、は人間だ…」
「お、おう。ご苦労だったな…休めよ、な?」
我が弟ながら、鋭い眼光が怖すぎる。ギルベルトは引き攣る頬を必死に抑えながら、労をねぎらい休む様に促す。
「そうさせてもらおう」
撫で付けたオールバックから、髪が所々飛び跳ね、より一層疲労感を醸し出すルートヴィッヒは調書を側近に手渡して自室へと引き上げる。
「菊はこっち来い」
兵士に連れられてゴウリーと秘書A、ルートヴィッヒが連れ立って部屋から出て行くのに、菊も後に続こうとしていたのをギルベルトが呼び止めた。
「妃様、後は私共にお任せ下さいませ」
「そ、そうですか?では、お願いしますね」
振り返った側近の男が誇らしげに胸を張り進言すれば、菊は一瞬逡巡した後、任せる事にした。


菊がギルベルトの側までやって来ると、華奢な腕を引き寄せて膝の上に優しく抱え込んだ。
頭を垂らし、大きく嘆息するギルベルトの髪を優しく撫でながら菊は小さく笑う。
「なーに笑ってんだ、てめぇはよ」
ギルベルトが恨めしいとばかりに菊の身体を左右に揺らし、グリグリと菊のたわわな胸元に頬を擦り寄せながら抗議する。
「ふふ…。だって、あの2人が向こうの世界で私は男性だったと仰るから、どんな方かな?って想像して…、あんなに従順な部下に愛されてる男性の私…、会ってみたいです。そして、その私を見て、貴方がどんな反応されるのかと想像したら可笑しくて」
クスクス笑う菊に、ギルベルトの眉間に皺が寄った。
「いくらもう1人の菊だっつっても、他所の男に会いてえなんて思ってんじゃねぇよ。それにだ、俺様は菊が良い。悪魔で妃で俺様の嫁で、俺様だけの菊が良いに決まってんだろ。もう1人のお前に会っても、目の前のお前じゃ無えなら、興味ねえし、気持ちも何も変わんねえ」
「!…私も、貴方でないと嫌です」
頬を赤らめながら、ギルベルトが良いと告げる菊に胸がカッと熱くなった。その衝動のまま、赤く色付く唇に噛み付く様なキスをする。
長いドレスの裾を割って、膝から太腿にかけて柔らかな肌を撫で上げた。
既に息の上がっている菊の抵抗など無いも同然。
「はっ、マジで飽きねえな。1発じゃ終わんねえぞコレ」
チュッとリップ音を鳴らして唇を離し、鼻先を菊の頬に擦り寄せた。今すぐ此処で抱くと宣言する様な台詞に菊はトロンとした瞳を顰める。
「此処では、駄目ですよ…、まだお仕事があります」
「忘れたか?俺様は魔王だぜ?」
「…職権濫用です」
「俺様には優秀な弟と家臣がいるからな。半日遅れたって問題無えよ」
この場にルートヴィッヒが居たなら「問題大有りだ!!」と目を吊り上げて怒鳴っていただろうが、残念ながら疲れ果てて自室に引っ込んでいる。
ギルベルトの指先が菊のたわわな胸に伸びて、その柔らかさを堪能する様に揉み解せば、菊から抑えきれない色のある声が漏れた。
「お前は、夜まで我慢出来んのかよ?」
意地悪く菊の耳に熱く艶っぽい声を吹き込む。
「…んぅッ!…は、ぁン!出来、ません」
熱が抑えきれないとばかりに潤んだ瞳で此方を見つめてくる。これも日頃の調教の賜物だろうとギルベルトは満悦に笑った。
「ケセセ。上出来だ」
今は邪魔者が居ない。

釣り上がる口角をそのままに、ギルベルトと菊は濃い霧の中に消えた。



[newpage]
魔界の市街地を物珍しいとばかりにキョロキョロと見渡す秘書Aとゴウリー、そして疲れた表情のルートヴィッヒが3人で歩いている。
何でも向こうの世界に帰れる日まで城の外にアパートを借りて2人に与える事になった。
完全なるギルベルトとルートヴィッヒの思惑通りなのだが、そのアパートの住所を聞いた時、ルートヴィッヒは盛大にアパート選びに参加しなかった事を後悔した。面倒だからと部下任せにすべきでは無かったのだ。
その住所というのが…

立ち止まったルートヴィッヒの背中に倣い足を止めた2人。
「…この建物の2階だ」
その言葉に2人は建物を見上げる。赤いレンガ造りで3階建の物件。隣接するのはアンティークショップとカフェ。
「中々良い所ですね」
「魔界ってもっと悍(おぞ)ましいイメージだったんだけど、アタシ達の世界と変わらないのね」
悍ましいのはお前だ。と言葉を飲み込んでルートヴィッヒは沈黙した。周辺を見渡す2人はかなりの好感触に各々言葉を放つ。
「隣は…??コレ…カフェ?ですか?」
「あらやだ!可愛いじゃない!カボチャがモチーフなのね!後で行かなくちゃ!」
2人の目線は隣接するカボチャのカフェに向く。…そうカボチャのカフェだ。
「…行っても良いが、大人しくするんだぞ!決して口を開くな、喋るな。お茶が終わればさっさと引きあげろ」
眉間に皺を寄せて凄んでくるルートヴィッヒに驚きながらも、2人は顔を見合わせて、またルートヴィッヒを見遣る。
「お言葉ですが、話さないと注文も出来ませんよ?」
「なぁにぃ?あのカフェに何かあんのかしら?アンタさっきから様子可笑しいわよ」
2人の最もな意見にグッと詰まる。
「いや、何でも「何してんの?ルート」ブッ!?」
咳払いをして、何でも無いと装うルートヴィッヒの言葉を遮る第三者の声に2人は目を丸くし、ルートヴィッヒはびくりと肩を揺らした。
ルートヴィッヒが振り返ると、そこには淡いウェーブした長い茶髪に鳶色の瞳、赤い唇の美女が不思議そうに立っていた。
「フェ、フェリシアーノ…!何でここに!?」
「何でって、ここ店の前だし?」
ルートヴィッヒの疑問に益々不思議そうにするフェリシアーノ。確かにカボチャのカフェはフェリシアーノと菊の店だ。今ではフェリシアーノが1人で切り盛りしている。自店の前に店長であるフェリシアーノが居ても何ら可笑しい所は無い。
「フェリシアーノって…イタリア殿!?あなたまで女体化ですか!?なんて美女!!!」
「オーマイガッ!!エンジェルまで女になってるの!?どんな悪夢よ!悪夢なら早く目覚めろアタシィイイイ!!」
ルートヴィッヒの背後から驚いた声が上がり、ルートヴィッヒもフェリシアーノも目を丸くした。
「まさか、フェリシアーノもそっちの世界で存在するのか…」
「ヴェ?誰だれ〜?」
ルートヴィッヒの横からピョコッと顔を出すフェリシアーノの瞳には好奇心が浮かんでいる。
「おや、申し遅れました。わたくし、秘書Aと申します」
「へぇ、宜しく!フェリシアーノだよ!其処のカフェを経営してるから遊びに来てね!」
ニコニコと挨拶を交わした後、フェリシアーノは秘書Aの隣で茫然と空を見上げるゴウリーを見遣る。
「…ねえ、大丈夫なの?この人」
「ああ、問題無い。大体こんな奴だ。コイツはゴウリーという」
フェリシアーノの問い掛けにルートヴィッヒが真面目に答えると、へぇ。と興味無さげにフェリシアーノが頷く。
「…あり得ないわ、ベイビーだけでなく、エンジェルまで…そんな…ッ!…Nooooo!!!金○マはそんな疎かにするものじゃ無くってよ!!!」
ブツブツと独り言を呟いていたゴウリーが突然金タ〇と咆哮した事に、その場に居た者がギョッとゴウリーを見上げた。
「女体化した挙句、こんな冴えない女になってるなんて!…ん?あ!待って!良く見たらアタシとキャラ被ってるじゃなーい!厚くて赤い唇はアタシの専売特許なのよ!ダイナマイトバディはアタシの方が上だけどね!」
「…ぁあ゛?」
フェリシアーノに指差して嘆いているのか罵っているのか分からないがゴウリーはわなわなとしている。その指摘されたフェリシアーノからは恐ろしい程の冷気が漂っていた。
「ま、待て待て!フェリシアーノ落ち着くんだ!コイツの発言には俺も頭が痛くなるが、今は落ち着け!一応モンスターみたいな見た目でも人間なんだ!」
慌ててルートヴィッヒがフェリシアーノの肩を掴んで抑える。
「ちょっと!?モンスターみたいな見た目ですって!?酷いわ!アタシ達打ち解けたと思ってたのに!とんだ裏切りよ!ルートちゃん!!」
「打ち解けた覚えは無いぞ。あとちゃん付けやめろ」
ルートヴィッヒが頬を痙攣らせながらゴウリーに抗議した。そしてさっさとアパートに入ってくれと促そうとした時だった。
「よう、お前ら。何して…ってアレ?フェリちゃんじゃねえか」
「フェリシアーノさん、お久しぶりですね」
上空から呑気な声が2人分。
4人が上空を見上げれば、其処には黒いペガサスに乗ったギルベルトと前に抱えられた菊の姿。
「祖国ぅう!あ、違う!菊様ぁあああ!!下からのアングルがまた麗しさに妖艶さが追加されておりますぅう!そのヒールで踏み躙ってk《バシンッ!》あぶっ!?」
いち早く反応したのはやっぱり秘書Aだ。祖国に瓜二つとされる菊に思いの丈以上の言葉を口にしている途中で何処からともなく現れた黄色のゴースト、ザコのプラカード攻撃により黙らずを得なくなった。
「〜ッあ、あなた…また…!!」
顔面を抑えながら睨む秘書Aを丸っと無視してザコがカメラを手にギルベルトと菊の姿を収めている。どうやら秘書Aの立ち位置が絶好のアングルだった様だ。
その隣ではオレンジ色のゴースト、ハゲがプラカードを消毒液で綺麗に拭うとボイスレコーダーをギルベルトと菊の方向に構えた。
「チビ共…、まぁた着いて来たのかよ」
呆れた様に嘆息するギルベルトに対し、菊はクスリと微笑む。
「魔王も妃も何故此処に?」
「あ?散歩に決まってんだろ?な、菊」
ルートヴィッヒの疑問にギルベルトが何でも無い様に答えたが、これは執務が面倒でサボったに違いない。絶対。
何だって自分ばっかり貧乏くじを引くんだ。とルートヴィッヒは悲観に暮れた。
頭を抱えるルートヴィッヒの隣でフェリシアーノが笑みに花を咲かせて菊を見上げている。
「チャオ菊!コーヒー飲もうよ!昨日新作のチョコレートが手に入ったんだ〜」
さっきまでの雰囲気が嘘の様に無邪気に誘うフェリシアーノ。
「新作のチョコレート!?是非是非!ご一緒させて下さいな!ね?ギルベルト君」
目を輝かせて振り返る菊に反対する理由も無く、ギルベルトは大きく頷いた。
「勿論だぜー!俺様も美味いコーヒー飲みてえし!」
ニコニコと会話する夫婦に非情なる声が二重に響く。
「何を言ってるんだ。貴方は執務に戻ってくれ」
「えー、ギルベルトも??」
「ぐっ…!酷え!!」
可愛い弟とアイドル的存在に辛辣な言葉を浴びせられ、ギルベルトは菊の肩に鼻先を押し付けてスンスン鼻を鳴らす。特にフェリシアーノからの台詞はダメージが大きい。
フード越しにギルベルトの頭を慰める様に撫でて、菊は苦笑するしかない。
そんな夫妻を間近でカメラに収めるゴースト達。秘書Aはスマホを取り出し菊の姿を何とか収めようと奮闘するが、ハゲのプラカードが意図的に邪魔をして菊の姿だけが絶妙に見えない。黒のペガサスの鼻先を収めたところで何も萌えないと歯軋りしていた。
ゴウリーは飽きたのか、カフェのウィンドーに反射した己の身嗜みを整えたり、何か奇妙なポーズをとっている。
「〜ッええい!!収集が付かん!貴様等変態共はさっさとアパートに入れ!先ずは貴様等から片付ける!兄貴はそこで待機していろ!逃げたら…分かるな?」
「ちょっと変態ですって「ゴウリーさん!空気読んで黙る!!」んんん!!!」
「俺様此処で待ってるぜ…、ケセ…」
秘書Aが反論しようとしたゴウリーの口の中に持っていたハンカチを丸めて押し込む事で黙らせ、ギルベルトは弟の眼光にお利口さんに待つ事を誓った。

その後、ルートヴィッヒに引き摺られながら城に戻る魔王を多くの住人が目撃し「またか…」「魔王も凝りねえな」等と噂されていたらしい。
菊はギルベルトの状況に見て見ぬフリを決め込み、フェリシアーノとおやつタイムに興じる。
同じテーブルには小さなゴースト達も機器片手に同席している。
フェリシアーノがチョコレートとコーヒーを準備してテーブルにつき、楽しいお茶会の開催だ。

暫く穏やかにトークを楽しんでいれば、チリンチリンとドアベルが来客を告げた。
「あ、いらっしゃ……」
「!」
招かれざる客にフェリシアーノのオーラが氷点下にまで下がり、菊とゴースト達は頬を痙攣らせた。
皆の視線の先ではゴウリーが腰に手を当てて仁王立ちしていたからだ。

「…ハァイ。お邪魔するわよん」





「あーあ、アタシのベイビーとエンジェルが男になってるなんて…、しかもアタシとキャラが被ってるとか無いわー。ま、アタシの方が良い身体してるけど?」
まさかのキャラ被り発言にフェリシアーノの頬が引き攣り、痙攣を起こしている。その隣では菊が蒼ざめ、遠い眼差しで窓の向こうを見つめていた。
ゴースト達は我関せずとばかりにカメラやボイスレコーダーの記録を確認し合っては頷いている。
「…わぁ、化け物と同等のキャラとか嬉しく無いなぁ。お前の世界じゃゴリラが美人だって言われてるの?ゴリラに似てるお前みたいなゴリラがモテるの?傑作だね。で?そこ何てジャングルさ?それとも動物園かな?」
口元は何とか笑ってるが、目がまったく笑っていない。
「ゴリラに似てるアタシがゴリラって何よ!?まんまゴリラじゃない!アタシがゴリラみたいな化け物だっての!?それとも、アンタみたいな冴えない女をアタシの引き合いに出しちゃ、アンタが惨めだったかしらん?美し過ぎてごめんなさいねぇ」
何故か勝ち誇った笑みを浮かべ、更にフェリシアーノを煽るゴウリーに菊はそっと両手で顔を覆い隠した。胸中では切実に誰かに助けを求める。
「お前みたいな酷い化け物なんか居ないよ。ある意味魔界一のブスキャラじゃん。一位だよ、良かったねー。お祝いに顔面にカボチャあげようか?そのまま地獄見せてあげる」
氷点下にまで下がった場の雰囲気。フェリシアーノが片手に持ち出したのは、とっても硬質なカボチャ。そうギルベルトの顎にヒットさせたあのメチャクチャ硬質なカボチャだ。【魔王と悪魔(後編)参照】しかもこのカボチャはあの時より一回り大きい。
「あら、カボチャ戴けるの?アタシ大好物なのぉん」
指の関節をボキボキ鳴らしてゴウリーが椅子から立ち上がると、フェリシアーノもゆっくりと立ち上がった。
「あ、あの…!お、落ち着いて話を…!」
何とか場を取り持とうと菊が冷や汗を流しつつ、声をあげればニッコリと2人に見下ろされて思わず押し黙った。魔界の妃という位置に居ながら、何と不甲斐ないと少しだけ気落ちする。

菊の肩をゴースト達がトンと慰める様に叩いた。
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