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薄暗い空間は異様に湿度が高い。
そして唯一の光であるランプの灯りが、侵入者である2人の姿と金髪オールバックのムキムキしいルートヴィッヒの姿を映し出しす。
鉄格子越しに侵入者2人はルートヴィッヒを見た際「ドイツ殿!?/ドイちゃん!?」と声を同時に上げた。
生憎と初対面であるルートヴィッヒは無視を決め込むと木製の椅子に腰掛けて、鉄格子の向こうで目を丸くしている侵入者を真っ直ぐ見つめた。
「尋問を始める。正直に話せば痛い思いはしなくて済む。まず名を名乗れ」
ルートヴィッヒの低音が狭い空間に反響し、ビリビリと心臓まで響く。
「私は秘書Aと申します」
「アタシはゴウリーよ。ゴリラじゃないから気をつけてねん」
空気を読む事もしないでウィンクを送ってアプローチしてくるゴリラもとい、ゴウリーに不快だと睨みを効かせて「お前らは何者だ。何処から来た?」と尋問を進める。
冷静に務めては居るがルートヴィッヒの腕には鳥肌がたっているし、若干顔色が悪い。「いやん!冷たいのね!」とか言いながら唇を尖らせるゴウリーの所為だ。
秘書Aと名乗った男は空気を読み、咳払いで背筋を伸ばすと真面目に答えてくれた。
「コホンッ!何者と申されましても、私は人間としか答える術がありません。状況から見るに、此処は私達の居た世界とは異なる様子…。プロイセン殿の額からはツノが生えておりましたし…」
「プロイセン?」
ルートヴィッヒが眉を寄せれば、秘書Aは大きく頷いた。
「はい。此方のギルベルト殿と私達の知るプロイセン殿は瓜二つに御座います。私達の世界でプロイセン殿は人間では無く、国…今は亡国の化身として存在されております。そして貴方も。ドイツという国として存在しているのです」
「!?…国だと?具現化していると言うのか?俄かには信じられない話だが、そこのゴリ…、あー、ゴウリーはどうだ?」
ゴリラと言いかけてルートヴィッヒは言葉を濁しながら質問を紡いだ。
「今ゴリラって言いかけたわね!?アタシはゴウリーよ!しっかりその脳筋に刻み込んでちょうだい!レディーに対して失礼しちゃうわ!!」
どうやら無駄に地獄耳だったようだ。フンッと鼻息を鳴らすゴウリーに苛つくが、此処で無下にすれば情報は得られないと悟り、ルートヴィッヒは苛立ちを誤魔化すように顳顬を揉み解した。
「あー、すまない。それで、お前は人間か?秘書Aと同意見なのか?」
「なぁあんですってぇえ!?何処からどう見ても人間でしょうが!!このアタシが何に見えるってのよ!?…ハッ!?もしかして…」
「!?」
鉄格子をガシャンガシャンと揺らして怒りを露わにしていたゴウリーが、突然口元を押さえて黙り込む。何か思い出したのかとルートヴィッヒはゴウリーの吐き出す台詞に集中する。
『何を話すつもりだ。随分険しい顔をしているが、何か重要な事でも…』
俯いてブルブル震えていたゴウリーが両手を握り拳にして顎の下に添える。ファイティングポーズかもしれない。ルードヴィッヒも片足を引き、構える。目の前のゴウリーは何故か上目遣いに頬が赤い。正直言って見たくない姿であるが、何か重要な案件かもしれないので聞き漏らす訳にもいかないし、攻撃してくるつもりならば容赦しない。
「…アタシが人間に見えないなんて…、そう。貴方には分かってしまったのね」
憂鬱な言い方をするゴウリーにルートヴィッヒは唾を飲む。「やはり人間では無かったのか!見た目通りのゴリラと人間の半獣なのか?」と。
しかしゴウリーを見遣る秘書Aの眼差しは胡乱気であるのだが、ゴウリーに集中していたルートヴィッヒが気付く筈も無い。
「何も言わなくて良いの。その手のアプローチなら慣れてるのよ。このアタシがヴィーナスとかエンジェルだと思ったのでしょ?フフ残念。違うわ。見た目が美しくてもね、アタシは人間なの。はぁ…美しさって、時に罪よね…」
フッと儚げに微笑むゴウリーに秘書Aはやっぱりかと目を逸らし、ルートヴィッヒはゴウリーの台詞に頭が追い付かないで『ナニイッテンダ?コノカイブツハ??』と困惑していた。
「あら?そんなにアタシが人間だったのがショックだったの?大丈夫よ。想うだけなら許されるわ。貴方がアタシに恋しても誰も咎める事なn「黙れ怪物!!!」《ガッ!》あぶっ!?…いやん!痛い!!」
飛んだ勘違いを述べるゴウリーに漸くハッとしたルートヴィッヒ。
ゴウリーから紡がれた言葉の内容は吐き気がする程に気分が悪い。我慢出来なくなったルートヴィッヒは鉄格子の隙間を通してゴウリーの顔面に拳を減り込ませた。
だが、ゴウリーの顔面はとても頑丈だったようでルートヴィッヒの拳の方が痛い。「何だこの怪物」とルートヴィッヒはまたも胸中で嘆いた。
「何だか、恐れ入りますすみません」
隣で成り行きを傍観していた秘書Aがルートヴィッヒに頭を下げて謝罪する。
「貴方は此方でもご苦労なさってるんですね…」
しみじみと眉を下げて宣う秘書Aにルートヴィッヒは自分の手に負えない気がした。あまりにもキャラが濃過ぎるのだ。
「…尋問を続けるぞ」
さっさと終わらせてこの場から離れたいと切実に願った。

『胃薬が飲みたい…』

そう、切実に願った…!!



静かな玉座には、魔王であるギルベルト。その隣に寄り添う様に佇むのは妃である菊。
菊は黒ベースのマーメイドドレスを纏い、ギルベルトは黒のシャツに、黒のレザーパンツを纏っている。ギルベルトのみラフな服装である。
ラフな服装だが、どこか威圧感が漂うギルベルトは組んだ長い足の上で頬杖を付いて、捕らえられた侵入者(秘書Aとゴウリー)を見下ろす。秘書Aの鼻息が荒い事はスルーだ。
玉座の段下ではルートヴィッヒが紙束を手に持ちながら頭を抱えていた。
「…えー、お前らは、人間界から来た人間であると……間違い無いな?」
ルートヴィッヒがドッと疲れた様子で尋ねれば、2人は首を縦に降る。
「さっきからそう申し上げております!」
「分かってる、確認事項だ。頼むから喚くな」
眉を下げて大きく溜息を零すルートヴィッヒにギルベルトは後で珈琲でも淹れてあげよう。と密かにお兄ちゃん心を覗かせた。尋問で何があったのか知らないが、弟の疲労感が凄まじい。
「魔王の前で、先程話した事をもう一度話してもらう」
「あ、成る程。ならば仕方有りませんね。…私達は我が主にして心の恋人麗しの祖国を守る為に身を呈した結果、此処に来てしまったのです!!すべてはあの眉毛殿が祖国に向かって呪術を使ったからですよ!まったく!遺憾です!!」
「そうなの!アタシはベイビーのSPだからちゃんと仕事を全うしたのよ!ああん!もう!今思い出すだけでも腹立つわ!!どさくさに紛れてベイビーちゃんに抱きつくchanceだったのに!あの眉毛ったら信じらんないわ!異世界に飛ばすなんて!!……f〇ckin'眉毛!今度紅茶にハンバーガー突っ込んでやるんだから!!」
「ゴウリーさん!あなたそんな邪まな気持ちで仕事をしないで下さいよ!あとハンバーガーを無駄にするとアメリカ殿が黙ってないです!」
「はあ?アンタみたいな変態に言われたか無いわよ!いつも盗撮してるの秘書Bにバラすわよ!」
「チッ!…仕方ありません。ルートヴィッヒさん何黙ってるんです?さあ、話を進めて下さい。時間の無駄でしょう!」
「…お前達、頼むから余計な事を喋るな。頼むから」
ワーワー騒がしい3人を見ながらギルベルトは小さく嘆息し、菊は苦笑している。
どうやら眉毛という魔術師に異世界まで転送されてしまった様だ。
さっきから〈祖国〉やら〈ベイビー〉やら言っている人物が2人にとって共通の主人であるらしい。
そしてゴリラは人間であった事も分かった。そっちの方が衝撃的だったのだが、敢えて言葉にしないぞとギルベルトは誓った。だってあの輪に入りたくない。
「そんで?俺様がお前らの世界じゃ亡国〈プロイセン〉で人名が〈ギルベルト・バイルシュミット〉…ねぇ。ルートヴィッヒが〈ドイツ〉。そんで菊が〈日本〉でしかも男だって?」
ギルベルトが片眉を上げて問う隣では『私が男性…どんな方でしょう?』と楽しそうに妄想している菊。
「そうです!祖国はこの魔界の妃様と瓜二つ!!女体化なんて滾るばかりですよ!hshs…お美しい!!しかも頭にツノ!!人外ですか!小悪魔ですか!?成る程納得です!どうか私を奴隷にして下さい!貴女様の虜に御座います!!あわよくばその御御足で踏み躙って下さい!!…ァアッ!誠に有難う御座いますぅうう!!」
「おい黙れ変態」
冷静に話していたと思ったら突然鼻息荒く病的に捲したてる秘書Aをギルベルトが睨み下ろした。「人の嫁に何言ってんだコイツ」と胸中で悪態を吐く。言葉にすれば煩そうだから黙っておいた。
「女体化なんて嫌よ!!ベイビーちゃんは男じゃないと私を満たせないの!テノールボイスはどこ行ったの!?この世界の菊ちゃんは女よ!?女なのよ!!萌えないわ!!可愛らしい金タ〇は何処なの!?ベイビーの大事なチン〇何処行ったぁあああ!!!!!」
拳を握りしめて涙を流すゴウリーに全員が引いた。ドン引きだ。
菊に至っては白目である。隠語を喋るゴウリーに身体をすべて見られてしまった心地に陥り、気が遠くなったのだ。
「アホか!!菊は正真正銘女だっての!チン○なんか付いてて溜まるか!ゴリラも黙ってろ!!」
ギルベルトが目を吊り上げて反論すれば、ルートヴィッヒは大きく嘆息した。
「兄…魔王よ。侵入者に黙られていては話が進まん」
侵入者に対して黙ってろと言ったギルベルトにルートヴィッヒは痛む顳顬を抑えながら苦言を零し、厄介な2人に目を向ける。
「進めるぞ。貴様らは事故で此処に飛ばされたということだな?持ち物に危険物は無かったが、貴様ら自体が危険人物かどうか見定めねばならん(発言自体が危険ではあるが…)」
コツコツと靴音を響かせてルートヴィッヒが2人の目の前に仁王立ちになる。
「あら、魔王の前で害の無い事を証明しろって事かしら?」
「そうだ。そこで身体検査を受けてもらうぞ。体内の魔力数値を計測し、人間の平均数値内であれば、一先ず危険は無いと判断しよう」
「…成る程。承知致しました。その検査慎んでお受け致しましょう」
ルートヴィッヒの説明に男達は潔く快諾した。
「理解が早くて助かる。では、上半身裸になって、背筋を伸ばせ」
ルートヴィッヒが黒革の手袋を外しながら、2人の目の前まで来ると、秘書Aは何の抵抗も無く服を脱ぎ始めるが、隣のゴウリーは違った。俯いて握り拳をつくっている。
疑問に思ったルートヴィッヒが「どうした?早く脱げ」と声を掛ければ、ゴウリーは自分の腕を胸元で交差させた。
「乙女に向かって脱げだなんて!?アンタとんだドSヤロウね!アタシの裸見て夜のオカズにしようって魂胆ね!簡単に見せてやる訳ないじゃないの!!このドスケベ!!」
「!な、なん…だと…!?」
顔を真っ赤に染めたゴウリーに思わずルートヴィッヒは衝撃のあまり一歩後退した。顔色が真っ青である。どんだけショックなんだ。
「うげぇ…、オカズにもなんねぇよ。毒だろうが。萎えるっつうの」
ギルベルトは心底気分が悪いとばかりに眉を顰めたが、隣では菊が眉を下げている。
「大変です、あの方は女性だったのですか?男性だなんてとんだ勘違いをしてしまいました。…ルートさん、私が彼女を担当しましょうか?」
菊がルートヴィッヒに提案すればギルベルトが「アレは女じゃねえだろ」と突っ込む。
だが、ルートヴィッヒは余程ゴウリーが苦手なのか、珍しい事に「すまない、頼めるだろうか」と菊を頼った。
結婚してからルートヴィッヒに頼られた事が無いどころか逆に頼ってばかりだった為、義弟の頼みならばと菊が大いに意気込んだ。嬉しそうに目を輝かせている。
だが、この提案に黙ってない者が居た。
「ききき菊様が担当されるのですか!?ならば私も女です!ピチピチの乙女です!!なので私も菊様でお願いします!!!」
秘書Aである。
菊に異様な執着を見せる秘書Aは自分も女だと主張したがかなり無理がある。
「お前は男だろうが!!」
ルートヴィッヒが目を吊り上げて怒鳴れば、秘書Aは脱いでいたシャツでいそいそと胸元を隠した。
「…何をしているんだ?」
「何を仰いますか!?殿方の前でちっぱいを晒すなんて痴女じゃないですか!ちなみに、ちっぱいは日本人のステータスなんです!!」
「…(どうすれば良いんだ)」
「アンタほんと馬鹿よね…」
頭を抱えるルートヴィッヒと乙女ですのでと強気な秘書Aを冷めたように見遣るゴウリー。
「強烈だな…アイツら」
「ルートさんの背中がどんよりしてますね」
頬杖をついたままギルベルトが口の端をヒクつかせ、菊は心配気に対処に困っているルートヴィッヒの背中を見遣る。
「お前は男だろう。俺が担当する。さっさと服と腕を下ろせ」
頑なに胸元を隠す秘書Aにルートヴィッヒが強行手段に打って出る。
腕と服を無理に引っ張り外そうとすれば、秘書Aが力を込めて取られまいと背を丸めた。
「いーやーでーすー!!エッチ!ドS!ケダモノ!犯されるぅうッ!!」
「喧しいわ!!!」
青筋を浮かべるルートヴィッヒ達の隣ではゴウリーが大きく嘆息して菊を見上げる。
「収集が付かないわ!菊ちゃん、さっさとやるわよ!いらっしゃい!」
漢らしく立ち上がって声を張り上げたゴウリーに菊はピャッ!と肩を跳ねさせて「はい!只今!!」と慌てて階段を駆け下りた。
ギルベルトはゴウリーが男だと分かってはいるが、ルートヴィッヒの疲労感漂う背中から、早く休ませてやりたいと思う。無理にルートヴィッヒが担当すれば事態が悪化すると判断した為、菊が向かう事に沈黙して見守る事にした。
しかし王妃をペットの様に呼び寄せるなんて、家臣がこの場に居たらどうなっていた事か。
至高の黒を持つ菊はツノも尻尾も艶やかな黒だ。魔族の憧れ的存在であり、家臣達からは崇拝までされている。

ギルベルトは、段下でまだ騒いでいる4人を眺めながら、俺様の嫁すげぇ!とニヨニヨ目元を緩ませた。

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