ドラゴンやゴーストが朝霧濃い空の中を飛び交う。
此処はモンスター達の世界、通称魔界である。
モンスター達が平和に暮らす町を見下ろす様に、丘の上には大きな城が築かれていた。
この城には魔界の王である魔王が棲み、王の他には魔王の愛する妃、優秀な補佐官である弟、恪勤な執事やメイドと多くの者が暮らしている。

「てんめぇえらぁあ!!!」
ーーガシャンッ!パリーンッ!
爽やかとは言えない魔界の朝、魔王の怒声が響き渡る。
城の従者達はこの怒声で王の目覚めを確認し、朝食の配膳やらを開始する合図としている。
そして弟のルートヴィッヒはベッドの中で眉間に皺を寄せたまま、シーツを頭から被って視界を遮り、我関せずを決め込んだ。当初は何事かと慌てたが、怒声の原因が分かれば関わる事さえ嫌になってしまった。
そして怒声が響き渡った魔王夫妻の愛の巣といっていい寝室には上半身裸のギルベルト、艶めかしいネグリジェ姿の菊が居る。
この二人が寝室に居るのはごく当たり前の光景である。だが、ギルベルトが仁王立ちして見下ろす先にはオレンジ色と黄色の可愛らしいゴースト。チョコンと可愛らしく床に鎮座していた。
そのゴースト達、見た目は物凄く可愛い。黒くて丸い瞳に三角の口。ゴースト版のリラック○を彷彿とさせる。
だが、オレンジ色のゴーストの首から下がっているのは、高性能のボイスレコーダー。そして黄色のゴーストの首からは録画も出来るカメラ。しかも暗視機能付きである。実に可愛いとは言えない持ち物。そして無駄に性能が良過ぎる。
「いい加減ベッド下に忍び込むのやめろ!!あと!盗撮と盗聴もな!!何回言や分かんだよ!?」
そう、ギルベルトの怒りの原因はゴースト達がいつからか分からないが、ベッド下に潜んでいた事だ。
夫婦の寝室、そりゃ、大概やる事は決まってる。しかも昨日は酒も入り気分良くベッドインして、妻である菊の体を余す事なく愛でていた。
そんなベッド下で盗撮と盗聴していたのだ。確実に。断言する。アレもコレもソレもばっちり収まっているだろう。
ギルベルトが睨み下ろす先、モゾモゾとオレンジ色のゴーストがプラカードらしき物をギルベルトに掲げて見せる。
「あ?ンだよ?…えーと【毛根も蘇る驚きのエロさ!!】って喧しいわ!!!」
ゴツンッ!と拳骨を落とし、やっぱり昨夜のアレコレソレを記録してやがったのかと目を吊り上げた。
オレンジのゴーストの頭に大きなたんこぶ。そのたんこぶを撫でる黄色のゴースト。だが、その黄色のゴーストの瞳は心配というより、羨ましさが滲み出ている。
そうだった。このゴースト達はドM要素が凄い。3日前は黄色のゴーストをお仕置きとして庭の木に一晩吊るしたが、当の本人はどこか嬉しそうに目を輝かせ、オレンジのゴーストはその姿を羨ましそうに木の下から一晩眺めていた。翌朝にはオレンジのゴーストによって黄色のゴーストは縄から解放されたのだ。呆れが過ぎて開いた口が塞がらなかった。
あの時の事を思い出し、お仕置きは意味を成さないと判断したギルベルトが大きく嘆息する。
「おら、全部寄越せ」
ギルベルトが手を出せば、ゴースト達は同時に頭を横にブンブンと振り拒否する。
おまけに大事とばかりにカメラとボイスレコーダーを抱え込んで取られまいと威嚇までする始末。
カチンときたギルベルトが足を一歩踏み出した途端、危機を察知したのかゴースト達が一斉に逃走した。
「あ!?待てコラァア!!!」
当然ギルベルトも後を追いかける。ゴースト達が持つデータには妻のあられもない姿と嬌声が収まっているのだ。あのゴースト達の飼い主であるフランシスの手に渡す訳にはいかない!
「魔王様ナメんなよクソチビが!!」
ギルベルトがカッと目を見開くと同時に、床の魔法陣から二体の骸騎士が表れる。
「あのクソチビ共を連れてこい!」
骸騎士は胸の前で剣を持ち上げ、敬礼の仕草を見せた後、ガシャガシャと走り出した。その速さは本当に骸だろうかと疑う程に速い。ゴースト達の逃げ足も相当だが、この骸騎士の速さがあれば捕まえるのも時間の問題であろう。
「フランの奴、ちゃんと管理してろっての!変態が育てっとペットまで変態になんのかよ!」
ギルベルトはフランシスに悪態を吐く。
あの2匹のゴースト達はフランシスがペットとして飼っているのだ。
フランシスと生活を共にしていくうちに性癖が感化されたのか、変態になってしまった。
因みに、黄色のゴーストの名前は〈ザコ〉でカメラ担当。オレンジ色のゴーストの名前は〈ハゲ〉でボイスレコーダー担当。何故かプラカードを持っている。名前の由縁はギルベルトの罵倒に激しく反応し、何を勘違いしたのか菊が嬉しそうに「ザコちゃんとハゲちゃん」と呼んだ事から命名となった。何だそれ、である。
初見でゴーストを見た菊が嬉しそうに名前を呼びながら頭を撫でた事で味を占めたのか、毎日菊の元を訪れては媚びを売り、いつのまにか菊の懐に入っていた。胸糞悪いとギルベルトは舌打ちする。
更にゴースト達の行いはエスカレートしていき、菊の着替えまで覗く様になり、ギルベルトの拳骨制裁を下す出来事が多発している。
そしてついには、夫婦の寝室に潜り込み、アレとかコレとかソレを記録する様に…、勿論、全て削除している。
今までの事を思い出してギルベルトは頭を抱える。
「あー、頭いてぇ…」
二日酔いなのか、違う意味での頭痛なのか分からない痛みに大きく嘆息すると、銀髪の頭を掻きながら寝室へと踵を返した。

ギルベルトが痛む顳顬を抑えながら寝室に戻れば、既にメイドが菊の着替えと化粧を施し終え、艶やかな黒髪を結わえているところだった。
ギルベルトの入室に気付いたメイド達が挨拶を述べてくるのを手で制し、鏡に反射した菊の顔を見遣る。すると菊は鏡越しにギルベルトを見ていたようで、パチリと目が合った。
「そのご様子では、逃げられてしまいましたか」
優しく目を緩ませた菊にギルベルトは唇を尖らせた。
「今追っ手を放ってる。時期に捕まえて来るっての。俺様は二日酔いだからな!」
魔王という立場なのに、ゴースト達の逃げ足にスピードで敵わない事が少し悔しい。菊の前ではカッコ悪いから「ゴースト達に追い付けない」だなんて言えないのだ。プライドという物がある。
更に笑みを深めた菊から心地悪さを覚え、プイッと目を逸らしギルベルトも着替えの準備をメイドに促した。

準備が出来たら朝食だ。





朝食にはトマトのスープ、バゲット、サラダ、ハーブ入りのブルストと並ぶ。
ギルベルトと菊だけの食事の際には、テラスにある丸テーブルを使うようにしている。
この席から庭の花壇や噴水が綺麗に見え、1日を始めるには持ってこいの風景。
結婚する前までは長テーブルだったのだが、どうも長テーブルだと2人の距離があり過ぎて話をするのも大変だったし、何より遠い。そこでギルベルトは2人だけの時にはテラスに小さめの丸テーブルを用意する様に執事に言付けていたのだ。
今では菊もこのテラス席を気に入り、いつも美しい笑顔がより眩しい。
今日も眩しく微笑む菊を見ながら、ギルベルトは食後のコーヒーを口に含み、2人だけの空間を満喫していた。今日は良い事がありそうだ。と予感さえする。
つり上がる口端をそのままに、紅茶を飲む菊を見つめた。
ギルベルトの視線に気付いた菊が頬を染めて、視線を庭に向ける。
「!、そんなに見ないで下さいな」
「おー。悪りぃ(嫁が可愛いぜ)」
悪いと口にしながらも、頬杖をついて菊の顔を見つめ続けるギルベルトに菊は更に真っ赤に染まる。
菊が俯いた事により、結い上げた黒髪から頸が露わになり、昨夜の情事の痕がよく見えた。
その痕にギルベルトは長い指をソッと這わせて辿る様に一つ一つとなぞっていく。ピクリと肩を揺らす菊に昨夜の熱が蘇った。
「すげぇ痕付いてんな。真っ赤っか」
「〜ッ、誰の所為ですか」
「ケセセ、俺様だな」
悪びれも無く言うギルベルトに何か文句を言ってやろうと見上げてくる菊の顎を掴み顔を近づける。
ギルベルトの行動に、菊は目を大きく見開いて驚いたものの、すぐに理解出来た様で静かに目を閉じた。
従順な妻の様子に気分良く顔を傾けて唇を重ねようとした時だった。

ーーカシャシャシャシャシャッ!!

カメラの連写音。
ギルベルトの口端がヒクつく。菊は夢から覚めた様にギルベルトを押し返して一気に距離を取ると、音の発生源を見やり固まった。
そこには骸騎士に小脇に抱えられながらも、カメラを構えているザコ。もう一体の骸の小脇にはボイスレコーダーをこちらに向けているハゲが居た。
申し訳なさそうな骸騎士は、とりあえず小脇に抱えていたゴースト達の頭に拳骨しておくが、ポコンと軽く音が鳴っただけで、ゴースト達の鼻息は荒いまま機器を構えている。何の効果もないようだ。
「い、いつのまに!?」
顔を真っ赤に染め、涙目になる菊が可愛いとか頭の端で惚気ながらも、ギルベルトはキスの雰囲気を壊されてイラついた。
「…ンとにテメェらムカつくな!クソ!!」
確かに捕らえて来いとは言ったが、空気を読んでくれと理不尽な怒りが湧く。
主人の怒り心頭具合に慄き、骸騎士達は背筋を伸ばしたが、ゴースト達は懲りていないのか、撮れた写真とボイスを確認し合っては頷いている。
そんな様子にピクピクと顳顬が筋を起こすのが分かる。
兎に角冷静になろうと、ギルベルトは大きく深呼吸すると、目的の物をゴースト達に要求した。
「はぁ…。その手にしてるモンを差し出せ。これは命令だ」
ギルベルト(魔王)の命令にモンスター達は従わなければならない。だが、このゴースト達はまた頭を横に振り拒否を示したのだ。
「…よぉし、上等だ。痛い目に合わせてやる」
指の関節をボキボキ鳴らしながらギルベルトがゴースト達に歩み寄れば、ゴースト達はガタガタと震え出す。しかし良く良く見ると、ゴースト達の顔部分がピンク色に発光していた。怯えるというよりは、期待の眼差しでギルベルトを見上げているようだ。この変態共が!と口を開ける直前、「お待ち下さいな」とオロオロしていた菊がギルベルトを止めに入る。
「んだよ。止めんな菊」
邪魔すんなとばかりに睨めば、菊は困った様に眉を下げて、ゴースト達の前で屈む。僅かに腰に痛みが走ったが、表情に出さず、ゴースト達に慈愛の眼差しを向けた。
「こんなに怯えて…、ベッド下に何か訳があって迷い込んだ可能性もあるでしょう?どうか、今回は見逃して下さいませんか?お願いします」
ゴースト達の頭を撫でてギルベルトを見上げる菊に、グッと言葉に詰まる。
『お前の目はふし穴かよ!どこをどう見たら怯えてる様に見えんだ?コイツら明らかに興奮してんだろうが!』とか言いたい。
それでも妻からのお願いだと言われれば、叶えてやりたいとは思う。しかしだ、このゴースト達がドのつくド変態である事をギルベルトはよぉおおおく知っている。
ありとあらゆる葛藤をしながら思い出すのは昨夜の事、昨夜は酒の勢いもあり特に激しかった。物凄く良かった。
「でもよー。コイツらベッド下で…」
「祖国ぅううう!!」
「Myベイビーィイイイ!!」
ギルベルトが「絶対記録してんだぞ?」と紡ごうとした瞬間、遠くから叫ぶ様な、悲鳴の様な何とも言えない大声が庭に響き渡った。
「!な、なんだ!?」
ギルベルトが辺りを見渡すが誰も居ない。
空耳だったのかとも思ったが、菊や骸騎士、ゴースト達まで辺りを見渡している事から空耳では無い様だ。

ならば一体…?

瞬間、カッと辺りが真っ白な光に包まれた。雷の様な閃光ともいえる。
「!、クソ!菊!!」
あまりの眩しさに目を眇めながら、必死に菊の身体を己の胸元に抱き込む。
その時だった。
ドサッ!ドシンッ!!と鈍い音。
「?」
光が治り、そっと目を開ければ、足元には男らしき者が2人蹲っていた。
もぞもぞと胸の中の菊が身動いだ事で、ギルベルトは漸くハッとする。
「何だ!?侵入者か!?」
ギルベルトが警戒する様に菊を背後に隠すと、骸騎士は侵入者に剣を向ける。ゴースト達はここぞとばかりに菊の背中に張り付いて様子を伺っていた。後でゴースト達をとっちめてやると心に決め、ギルベルトは侵入者を睨み下ろした。
1人は男だ。しかも人間でスーツを着て辺りをキョロキョロ見渡しながら「あれ?祖国??」とか言っている。
そしてもう片方の大柄な男は…ゴリラみたいな顔だ。いやゴリラかもしれない。そのゴリラらしきモンスターはオーガにも似ているが、ツノが無い。やっぱりゴリラとかの類だろう。そのゴリラらしきモンスターは黒のスーツ姿で「やだ、ベイビーはどこ??」と辺りを男同様に見渡している。
そしてその2人はパッと骸騎士を見上げて固まる。
「…え?ドラク○のコスプレですか?随分凝ってらっしゃいますね」
ぽつりと言った男の頭をゴリラらしきモンスターがボコッと殴る。
「ちょっと!アンタバカなの!?怖くは無い見た目だけど良く見なさいよ!!コスプレでも何でも無いじゃない!眼球はどこよ!?見るからに本物でしょうが!!」
一気に捲し立てるゴリラは洞察力に長けている様だ。だが、オネエ言葉が台詞を台無しにしている。殴られた男は頭のたんこぶを撫で、目を凝らしながら骸騎士を見上げた。
ジッと見つめてくる男に痺れを切らした骸騎士がカタタッと歯並びの良い歯を動かせば、男は驚いた様に「ぎゃぁああ!!」と叫ぶ。
『なんだコイツら』とギルベルトは胸中でシラけそうになる自分を叱咤し、2人に呼び掛ける事にした。
「おいコラ、お前らどっから入った?」
ギルベルトの声に肩を跳ねさせた2人は同時にバッと振り返る。
「この声は…!?」
「あらやだ!?プーちゃんも居たのね!?」
ギルベルトの顔を見た瞬間、男は目を丸くして驚き、ゴリラは頬を染めて喜色を浮かべた。
「プロイセン殿!?貴方今日の会議に来てたんですか!?てっきり祖国の邸宅に居るものとばかり…」
「ゴホッ!ンン゙ッ!…いやぁん!!怖いわぁあ!!ちびっちゃいそう!!」
男の話からギルベルトの事を顔見知りと勘違いしている様だ。ギルベルトは魔王であり〈プロイセン〉という名前では無い。
そしてこのゴリラは咳払い(痰が絡んだのかもしれない)の後、無理に1トーン声を上げて怖がる様子を見せるが、初見で怖くないとか言ってたはずだ。プーちゃんてなんだ。チビりそうって表現は怖がってるつもりなのか。こちとらゴリラの方が怖い。悪夢に出そうだからパチパチ目を瞬かせてこっち見んな。等と言いたい事は山程あるが、とりあえずは端的に纏める事にしたギルベルト。
「おい、待て。俺様は〈プロイセン〉とか言う奴じゃねえ。あとそこのゴリラはコッチ見んな。悪夢見んだろうが」
ギルベルトが指摘すれば男はポカンと口を開け、ゴリラは何処から出したのかハンカチを噛んだ。
「あ、あの!どちら様なんですか?」
ギルベルトの背後で此方を覗き見ようとしているが、ゴースト達が邪魔で見えないらしい。ゴースト達はただ単に野次馬としてギルベルトの両側から侵入者を見ている。
「おー、菊は危ねえから下がってろよ?あとゴリラ見たら目に毒だからな。見るなよ」
「ゴリラ?毒?」
「今〈菊〉と仰いましたかぁあああ!?」
菊の台詞を上回る音量で男が突然声を上げ、ビクリと全員の肩が跳ねる。
「今度はなんだよ!?」
ギルベルトは菊を再び背中に隠すと男を睨んだ。しかし男はギルベルトの睨みなど気にしていないのか、骸騎士の剣を押し退けてこちらに向かって来ようとしていた。しかも鼻息が荒い。
「ちょっ、お前!!コッチ来んな!!」
「やはりそこにいらっしゃるのですね!?私の祖国!!!」
骸騎士が慌てて男を取り抑えるが、今度はゴリラがこちらに突進してくるのが見える。
「ベイビィイイイ!!!」
「うぉおおおおおお!?!?」
取り抑えようとする骸騎士を吹っ飛ばし、此方に突進するゴリラは怖い。思わずギルベルトが悲鳴をあげた。
「!?ッギルベルト君!!」
「な!?菊!?」
ギルベルトの悲鳴でただ事では無いと察知した菊がスッとギルベルトの前で陣取ると向かってきたゴリラの腕を捻り、足をかけて投げ飛ばした。
グンッと巨体が宙を舞い、ドシンッと地面に背中から落ちる。これは痛い。
「ゴヘェエッ!!!」
ゴリラは大きく噎せて転がり、その隙に骸騎士が剣でゴリラの首元を抑え込んだ。
ギルベルトはすぐさま菊の肩を掴み、足から頭の天辺まで怪我が無いか確認する。
「あの、ギルべ《ゴツッ》あいた!!」
キョトンとした菊がギルベルトに呼び掛けようとした時、ギルベルトの拳骨が落ちた。
「馬鹿か!怪我したらどうすんだよ!?危ねえから下がってろっつっただろうが!!この馬鹿!!」
唾を飛ばしながら怒鳴るギルベルトに『今貴方の拳骨で負傷しました』とは言わずに胸中で思う。馬鹿を2回も繰り返したギルベルトの瞳は心底怒りと焦りを滲ませて揺れていた。ギルベルトの唇が僅かに震えているのを見て深く反省する。
「ご、ごめんなさい…」
思わず俯いた菊を引き寄せて、ギルベルトは菊の頭頂部に鼻先を押し付けた。
「…心臓止まるかと思った。お前が怪我したらって…、怖かった。馬鹿野郎」
ギュッと力を込めるギルベルトの想いが伝わり、菊の胸が熱くなる。
「〜ッ、ごめんなさい」
ギルベルトの逞しい背中に手を伸ばし、存在を知らせる様に力を込めれば、更にギルベルトの抱き締める力が強くなった。
暫し静寂な空間が辺り一帯を支配していたが、カシャッと鳴ったシャッター音に皆の時が漸く動き出す。
ギルベルトはシャッター音からまたザコかと拳を握り締めて振り返った。
此方にカメラを構える予想通りのザコ。そしてその隣に侵入者の男が鼻息荒くカメラを構えている。
いつの間に骸騎士の拘束を抜け出したんだと思うよりも、何故鼻息荒くカメラを構え「祖国の女体化バージョン!hshs」とかブツブツ呟いてるんだ?とそちらに気を取られてしまう。
「…焼き増ししないとですね!アルバムが潤いますよー!!!」
一時的に思考が止まりかけたが、男が更に不穏な台詞と共にカメラのシャッターを切った事によりキッとギルベルトの目尻が吊り上がった。
「待てコラ!テメエ何撮ってやがんだ!!」
ギルベルトが捲し立てると、男の隣でカメラを構えていたザコがハッとしたようにアタフタし出す。ザコの元に慌てたようにハゲが近寄ると何かを手渡し、未だにシャッターを切る男の頭にプラカードらしきものの角を撃ち付けた。その狂気の行動にギルベルトは思わず殴ろうとした拳を止めた。「痛っ!痛い!!」と男が抗議しても、ザコはガンガンと容赦無く物理で男のパパラッチ行為を抗議している。
どうやらさっきザコが受け取ったのはハゲのプラカードだった様だ。ザコの後方ではハゲがボクシングのファイティングポーズで応援しているのが見える。ゴーストの可愛らしい見掛けに騙されてはいけない。この変態ゴースト達は血生臭いのだ。
「痛!!ちょっと待って下さいよ!痛ッ!?何なんですか!?ってこれ角のところ!何コレ懐かしい感じ!!痛い!!!アンタ秘書Bみたいな攻め方やめて下さいよ!!痛いって!!!」
「ーーッ!!(シャーッ!)」
ザコに痛いと訴える男に喋れないザコは頭から湯気を立てて激怒し、顔の辺りが真っ赤に発光していた。
よほど男のカメラが気に食わないらしい。パパラッチの座を譲りたくないのだろう。
ギルベルトは怒りの矛先を失い、一気に脱力した。「アホらし」と嘆息すると集まりだした衛兵に2人の侵入者を捕らえる様に伝え、骸騎士には忘れない様にゴースト達の持つ機器を粉砕若しくは削除しておく様に指示を出すと、そのまま菊を連れて庭を後にした。

良い事がありそうだなんて思った自分に酷く後悔した気分だ。
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