14

スンスンと部屋の隅で鼻を鳴らすプロイセンを放置して、ドイツ、ロシア、日本、イギリス、菊、ザコ、ギルベルトが輪になって話を進めて行く。

「そのゴーストが気配を辿って、異世界を越えて来たってのは…本当なのか?」
俄に信じ難いといった含みを持たせたイギリスの言葉にザコがプラカードをサッと掲げて見せる。
その文字をイギリスは読み上げた。
「えー、と…《てめぇの脳細胞は眉毛で出来てんのかクソ野郎め》……ぁあん?」
プラカードの内容があまりにも辛辣だった為、イギリスは指の間接を鳴らしながらザコを睨み上げた。
ザコはプラカードの文字をハンカチで綺麗にすると、凄まじい勢いで何事か書き込んでいく。
《我々は異世界だろうが異次元だろうが思念があれば飛び越える事が可能だ。今回の転送は急だった為、ロヴィーノの魔術の力の軌跡を追い掛けて来た。我々はロヴィーノの力の軌跡を追い掛けただけであって、この世界に辿り着けたのはロヴィーノの力が大きい。ロヴィーノが対価としてあのクソ変態を使った理由は簡単。この世界にあのクソ変態との繋がりが強い者が居たから。飛ばされているクソ変態に追いついた我々は胴体が時空の気圧にバラバラにならないようにバリアを張っていたのだ!》
ドヤ顔でプラカードを掲げるザコに菊が「本当にお利口さんですね」とツルツルの頭を撫でてやれば途端にザコの顔がデレデレと垂れた。
遠くで「なんかアンタに変態とか評されると腹立つんですけど!!」と秘書Aの抗議の声が上がるが流れる様に全員スルーだ。
「こっちからあっちにもどるには、おれさまのまりょくがもどればぞうさもねぇぜ!」
菊の足元で胸を貼る幼子に化身達は眉を下げる。
「その……言い難いのだが、お前の魔力とやらで向こうの世界に戻る事が本当に可能なのか?」
こんなに小さな子供にそんな大層な事が可能なのかとドイツは訝しむ。
ギルベルトはムスッと唇を尖らせて腕を組むと「できる!」と声を張り上げた。
「だっておれさまは【まおう】だからな!できねぇことなんかあるわけねぇだろ!いまはかりのすがたなんだぜ!」
「「「…………は?」」」
フンと得意げに鼻を鳴らした子供に化身達は目を丸くした。子供の言っている言葉が中々理解出来ない。
フンスと鼻を鳴らす幼子を見下ろし、これは幼子の可愛らしいジョークだと呆れた様に肩を竦めて見せたり、微笑ましそうに見下ろされたりしている。
そこにギルベルトの期待する尊敬の念がない事にギルベルトはイライラを隠しもせずに怒鳴った。
「なんだおまえら!いまはこんなすがただけどほんとはおとなだし、もっともっとでけぇんだぞ!!」
「!、仮の姿…なのか?」
両手両足をジタバタと振るギルベルトを見下ろして「と、言う事は……?」と今度は隣に立つ菊へと視線が注がれた。
「?」
「……え?お前ら親子じゃねぇの?夫婦とか何の冗談だよ」
イギリスは至極真面目な顔で切り捨ててくる。
イギリス同様にロシア、ドイツも同じ事を思っていた様で、やはりこれは子供の妄想だと思いながら、口元を僅かに緩めた。

そんな中、日本はジタバタと怒りを顕にする幼子と苦笑しながらも幼子を宥める菊を眺めながら酷く安堵した心地になっていた。
「…夫婦……っ」
異世界ではプロイセンと親子関係なのだろうか?という失望に気持ちが追い付かないでいたのだ。
それがまさか、夫婦だったなんて……。
どんなに願ってもプロイセンと日本は婚姻関係を結ぶ事が出来ない。異世界であり、もう1人の自分達とは言え、日本が渇望し心底望む形で営みを送る菊とギルベルトに胸が歓喜で叫び出している。

こんなに嬉しいと思う事があるなんて……。

「聞いたかよ?日本」
日本はいつの間にか背後にまでやって来ていたプロイセンを見上げた。
「……プロイセン君」
プロイセンはいつものニヨニヨした笑みでなく、穏やかに優しく微笑むと、日本にだけ聞こえる声量で囁いた。
「俺ら夫婦だってよ…。やったな」
同じ様に《夫婦》である事を心から喜んでくれていた事に日本は頬を染めて、穏やかに微笑み返した。
「で?お前の憂いは晴れたかよ?」
「!、気付いてらしたんですね……」
目の前で騒ぐメンバーの輪からそっと離れた日本とプロイセンは大きな窓辺に向かい、ネオンが煌めく夜景に視線を向ける。
「私、どうしようも無いショックを受けていたんです」
「うん…」
窓に添えた日本の手にプロイセンはそっと手を重ね、優しく握った。
「きっと向こうの世界でも私達は共にあると、勝手に期待して……、でも貴方が子供の姿で現れた時嫌な予感がして…あれ程の絆を見せ付けられて菊さんの子息だと、そう思った瞬間、私は…理不尽にも認めたくないと…。こんなの菊さんに対する侮辱ですよね」
自己嫌悪から俯くと日本の髪がサラサラと重力のまま下に流れ、その表情を隠す。
プロイセンは日本の握りこんだ手を掴み上げると、その指先に唇を押し当てた。
「!」
驚いて手を引こうとした日本に構わず、今度は頬を指先に擦り寄せた事で日本は抵抗を止める。
「……プロイセン、くん?」
プロイセンのその美しいリンゴ飴の様な瞳は熱を孕み、日本だけを映し出す。日本はその瞳に囚われた。
「なぁ…、俺たち同じ事思ってたんだな」
「……え?」
夢心地からハッとする日本にプロイセンは反対の手でその柔らかな頬を包んだ。
「俺も、自分がガキの姿だって分かった時、認めたくなかったぜ。あんな執着を菊に見せてよ…正直、親子だろうなって思った。だってよ、菊の旦那は魔王だっつってたから、あんなガキが魔王とか想像出来ねえし」
だからあんなにも否定していたのか。と日本はプロイセンの言葉を振り返る。
プロイセンの認めたくないという気持ちには、悪友達に馬鹿にされたくないという気持ちと向こうの世界での日本が別の者の妻となっている事に対する拒絶があったのだが、悪友達との遣り取りを知らない日本は後者として捉えた。
「違う世界でも、俺はお前と一緒が良い…」
「プロイセンくん…」
真摯な瞳に嘘は無い。
「日本は?」
「私もです。貴方の傍が良い」
日本は頬に添えられたままのプロイセンの掌に擦り寄るように顔を傾けて至極幸せそうに微笑んだ。

ーーーカシャシャシャ!

良い感じのプロイセンと日本を被写体にそれまで空気と化していた秘書Aのカメラ。しかも連写。
「んふんふ!!!流石我が祖国!!凛々しく聡明なのにふと見せる一瞬の色香!!はぁああご馳走様です!!!プロイセン殿の祖国にだけ見せるその微笑みぃいいい!ギャップ萌え!!!」
誰に邪魔される事なく、思う存分推しをカメラに納めながら思った事が口から垂れ流し状態の秘書A。
まだまだ唸るカメラの連射音を無視し、御花畑を展開している日本とプロイセンを他所に、化身達は小さな自称魔王様を見下ろしていた。
「君みたいな子供が魔王…ねぇ。ごっこ遊びなら他所でやってくれない?」
「しかし、菊と夫婦とは…随分と年齢差があるように思う」
「おいガキ、これは遊びじゃねえんだ。大人の大事な話だからガキンチョは大人しくしてろ。何なら俺が昨日作ったスコーンを分けてやっても良い。じ、自信作だからって誰かに食べてもらいたい訳じゃねえからな!!俺の気紛れなんだからな!!勘違いすんじゃねえぞ!!!」
口々に否定をしてくる化身達。しかもイギリスは我儘な子供を窘める大人として対応し、ゴソゴソと真っ黒な墨を取り出し、何故か盛大にツンデレを披露する始末。この墨…既視感が凄まじい。
「〜ッ、おまえらっ!くそむかつく!!」
キーッと怒りを顕にしたギルベルトを見兼ねて菊はフォローを入れる。
「あの、すいません。どうやら、力を使い過ぎて子供の姿になってしまっている様なのです。魔力が回復すれば元の大人の姿に戻りますので、魔力を回復する間場所をお借り出来ないでしょうか?」
申し訳なさそうにする菊にドイツは居住まいを正し「無論だ。惜しみなく協力しよう」と頷いてくれた。
「俺も何か出来る事があれば協力しよう」
「僕も今回だけ特別に譲歩してあげる」
続いてイギリス、ロシアが協力を表明すれば、菊は「有難う御座います。心強いです」と感謝を述べた。
「……」
菊の足元に居たギルベルトは化身達の余りにも違う態度の変化に頬が引き攣るのをザコがこっそりカメラに納め、腹を抱え揺れている……そうザコだけが涙を流しながら爆笑していた。

可愛らしいモノは見た目に反しドス黒いモノである。

スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。