各国の化身が集まる懇親会が始まる3時間程前。

日本、プロイセン、ドイツ、イギリス、ロシア…そして面白そうだからとフランスが大きなテーブルを囲んでいる。

ーーコンコンコン

「入ってくれ」
大きな両扉をノックする音にドイツが気付き、入室を促す。扉の向こうから姿を見せたのは菊だ。
「失礼します。おはようございます皆さん。遅くなりました」
「Bonjour!菊ちゃん!」
我先にと挨拶の声を上げたフランスを筆頭に夫々が穏やかに朝の挨拶を告げた。
菊の背後からニュルンと姿を見せたのはゴースト達。今朝も元気そうに発光している。心做しか昨日よりもツヤツヤして見えるのは気の所為だろうか?
「いつまで拗ねてるんですか?ほら此方へ」
「……拗ねてねえし」
菊は扉の影に隠れている人物を呼び込む様に手を差し伸べながら何やら話をしている。
昨日の幼子であろうと、直ぐに興味を無くした化身達はこの後の懇親会の内容や段取りについて話し出す中、感じたことの無い気配にイギリスは菊の方を訝しむ様にじっと見詰めた。
『何だこの気配……抑えちゃいる様だが、安定してないしブレがある』
視線の先で菊が手を引いて入室して来た人物にイギリスはギョッと目を見開く。
「……プロイセン?」
イギリスが懐疑的にプロイセンと名を呼んだ人物に皆の視線が集中した。
ロシア、フランス、ドイツも驚いた様にイギリスの視線の先を見つめて絶句する。

しかし、当のプロイセンはイギリスの目の前に位置する席に着いており、隣の日本と目を丸くしてイギリスの先を見つめているのだ。

ーーこれは誰だ?

その場に居る全員が思った。
化身達の視線の先には輝く銀の髪、赤味の強い暴力的な眼差し、服の上からでも分かる引き締まった身体のラインに、剥き出しの腕や首に目立つ綺麗な筋肉。異質なのはその額から天井に向かって湾曲した髪色と同じ角。
その角を除けば、どこからどう見てもプロイセンそのもの。
その角の生えたプロイセンはこの部屋に姿を見せてからずっと無表情で腕を組んで立つ姿は無愛想な様子。
だが、いつものプロイセンにある筈の普段の喧しさが也を潜め、感じる事の無い厳かな美しさが際立つ。
自分達が知っているあのプロイセンとは正反対で、その静けさが奇妙で逆に怖い。
「すみません、改めてご紹介させて頂きます。此方、魔界の王ギルベルト様で御座います」
「…フン」
隣に菊が並び立ち、皆に紹介した事で漸くそのプロイセンが昨日の幼子・ギルベルトであると認識出来た。
「!、……えぇ…真面目なプーちゃんとか気持ち悪い【ガンッ】ッブフ!?」
ボソリと呟いたのはプロイセンの隣に座するフランス。そのフランスに無言の裏拳をキメたプロイセンはまじまじとギルベルトを眺めた。
「…やべ。俺様小鳥カッコイイぜ……!見ろよ日本!!あの角とかかっけぇ!!!」
「なんて厨二的な……っ!!」
キャッキャと騒ぐプロイセンの隣で日本はこの手にカメラが無い事を心底後悔していた。
プロイセンには厨二が似合うのだ。通常よりも赤が強い瞳に、胸元のボタンを三段目まで開けたシャツの下から覗く美しい胸筋と腹筋。額から生えた角がより一層非現実を実感させる。
全てが自前で最早コスプレ要らずとは……っ!イケメンなプロイセンは侮れないのだ。
イケメンは爆ぜろ!と男として悔しく思いながらも目の前の厨二イケメンの前では素直になる他ない。この際あとで写真でも撮らせてもらおうと日本は密かに画策する。
「流石プロイセン君!あ、この場合はギルベルトさんですね!もうもう!完璧ですよ!」
「お?……おう…」
珍しく握りこぶしを作り、プロイセンを見上げる日本は興奮状態だ。普段死んだ魚のような目をしている瞳がキラキラと輝いてるのは気の所為だろうか?
目の前の日本にプロイセンは何だか面白くない心地になる。
「……お、俺様の方がかっけぇし」
「?、何か仰いました?」
「べっつにー」
唇を尖らせてそっぽを向くプロイセンに日本は首を傾げた。



未だに腕を組み、静かに化身達を見つめるギルベルトには無言の圧力があった。
ドイツは遠い記憶にある厳しくも優しい兄の姿を思い浮かべ、僅かに高揚感を覚える。
戦時中をも思わせる兄は贔屓目でなくともカッコよかった。前線にて統率力を発揮した才能溢れる兄。ドイツの憧れである。
僅かに緊張する己に叱咤して、ギルベルトと菊の元へ足を進めた。
「その姿を見るに、力が戻ったと解釈しても良いのだろうか?」
ドイツの問い掛けにギルベルトは厳しい眼差しを少しばかり緩めてニヨリと口角を上げる。
「まあな。9割ってとこだけど」
9割?
全快には至らなかったと残念そうにしているギルベルトは菊の隣で浮遊しているゴースト達を恨めしそうに睨んでいる。
ゴースト達が関係しているのだろうか?とドイツは答えを求めて菊を見下ろした。
だが、ドイツと目が合った菊はビクリと肩を跳ねさせて視線を落としてしまう。ドイツが求めているのは明確な返答だったのだが、これでは全く分からない。
「すまない、何か事情があっての事だろうか?ホテルの設備に問題があったのならば詫びよう」
申し訳なさそうに眉を下げたドイツにギルベルトは目を瞬き、菊は気まずそうに「いえ、快適でしたよ」とフォローを入れた。じゃあ何でこんなにもギルベルトは不機嫌なんだとドイツは眉を寄せる。
どれ程の魔力が必要なのか皆目見当もつかないが、全快じゃない状態で向こうの世界に帰れるのか疑問だ。
「あー、別にお前が悪い訳でも部屋が悪かった訳でもねえよ。肉欲っつうか菊とセッ…【ゴスッ】ってえ!!!!」
スラスラと理由を語り出したギルベルトに菊はギョッとした表情になると突然ギルベルトの脇腹に肘鉄を喰らわせる。無防備だった脇腹にめり込んだ肘鉄は嫌な音が鳴っていた。想像以上に痛そうだ。ドイツは顔色を悪くする。
「何でもありませんよ」
ニッコリと微笑む菊が怖い。
ドイツはこれ以上追求するのはやめておこうと決めた。
「〜ッ、」
蹲って痛みをやり過ごすギルベルトの周りにゴースト達が浮遊し、ブルブルと揺れている。あれは何だろうか?
ドイツの隣に並び、同じようにフランスとアメリカがゴースト達を観察した。
一見心配している様に見えるが、あれは…………笑っている。
腹を抱え込んでグルグル空中を転げ回っている。
「可愛い顔して性格が悪魔なんだゾ……」
「確かに…でもお兄さんは嫌いじゃないけど」
うげぇと表情を歪めたアメリカの隣でフランスはウンウンと楽しそうに頷く。
「そんな事より、向こうの世界には帰れるのか?」
1番気掛かりなのは帰れるのかどうかだ。ドイツは眉を寄せて微笑む菊に問いかけた。
「はい。恐らく大丈夫です」
「恐らく?」
釈然としない返答にドイツは蹲るギルベルトを見下ろした。
「あーいってぇ……。まあ、帰るには帰れるぜー。俺様優秀だからな」
口端を引き攣らせながらも不敵に笑むギルベルトを前に、早々に問題が終息しそうだとドイツは安堵の息を吐いた。
「そうか。それならば良かった」

ーーバァアアアアン!!!
「「「!?!?」」」

ホッと息を吐いたのも束の間、突如扉が木っ端微塵になりそうな悲鳴を上げて放たれる。
驚いて見遣った視線の先、そこには朝から御免蒙りたい人物が立っていた。
「グッッモオオオオニン!!ダーリン!!!」
左の指先にランチバッグらしき物を吊り下げて仁王立ちしているゴウリー。
目当てのダーリン、イギリスを見つけるや否やアメフトを思わせる瞬発力と風圧を以て白目を剥くイギリスへと突進をキメた。
勿論、イギリスは色んな意味で危機を感じ取り、その場から逃げ出そうと踵を返して走り出す。
だが、ビターンッと痛い音を響かせてその場で倒れ伏してしまった。
「……ッ!!!」
何も無い床だったはず、何に躓いたのだとイギリスは痛みを耐えながら諸悪の根源を認識すると、剣呑に目を尖らせた。
「あらやだ。お兄さんの長い足が邪魔しちゃった?ごめーん★」
「てめっ……!!」
そう、イギリスの足を態と引っ掛けたのはフランスだ。イギリスはフランスに掴みかかろうと体制を整えるが、その指先はフランスでは無く、真っ白なフリル付きのシャツを掴んでしまう。無駄に生地が滑らかで高級品だと分かるのが癪だ。
「ダーリンったら、朝から大胆ね…!ゴウリーはいつだってOKだけど!」
「!、OKどころかKOだわ!!!」
頬を染めてイギリスを見下ろすゴウリーに思わず突っ込むが、それどころじゃない。
「ダーリンの為に朝3時に起きて、お風呂に入ってスキンケアにメイクまで頑張ったのよ?1時間程余った時間で、ゴウリー特性のサンドイッチを作ったから一緒に食べましょ?あ、アタシを前菜になんてナンセンスよ!アタシはメ・イ・ン♡」
バチコンとブラシの様な睫毛を靡かせてウィンクするゴウリーにイギリスは言葉を無くす。
「良かったねー。お兄さん羨ましくなっちゃう。こんな献身的なamourがいるなんて」
ニヨニヨと嫌味全開でフランスが笑えば、遠巻きに閲覧していたアメリカとロシアも失笑気味に見下ろしてくる。
ドイツと日本、プロイセンは我関せずを決め込み、ギルベルトと菊を囲んでい話を進めているようだ。
「さあダーリン!お腹空いたでしょ?ゴウリー特製サンドイッチを召し上がれ!」
ズイッと眼前に押し付けられたのはドデカいサンドイッチ。厚切りベーコン、少量の玉ねぎ、厚切りベーコン、チーズ、厚切りベーコンの順でサンドされている。高カロリーお化けだ。朝からはキツい。
色んな意味で吐き気を覚えるイギリス。
「……ッ、」
「あらやだダーリンたら!嬉しくて感極まっちゃっあの?キャー可愛いんだからッ!!」
「〜ッShut Up!!fuckin'○○!!!!」
ピョンピョン跳ねると聞こえは良いが、実際はズドンズドンと跳ねるゴウリーにイギリスは放送禁止用語を力の限り叫んだ。
そんな生温さでゴウリーは黙る筈も無く、頬を染めて瞳を輝かせてさえいる。ド変態気質を刺激された様だ。
「ダーリン……ッ、ウチ…恥ずかしいっちゃ」
「……(白目)」
「あ、駄目駄目。神聖なラ○ちゃん穢さないで。お兄さんそれだけは許せないわ」
イギリスが精神的かつ視覚的な衝撃に白目を剥いたところで、オタク国家フランスが不快感を顕にゴウリーを指摘する。
某鬼っ娘代表ラ○ちゃんのモノマネをゴウリーがした事によってフランスの遺憾を買ってしまったのだ。
「ダーリン聞いてちょうだい!ランチは会食があるって調べたから仕方ないけど、ディナーはアタシが腕を奮って作っちゃうから早くホテルに戻って来てね!」
「……ッ、誰かコイツを出入り禁止にしろぉおおおおおおおお!!!!」
「ああん!ダーリンったら恥ずかしがり屋さんね!」
だが、フランスが異を唱えようとゴウリーの耳には届いていない。目の前のイギリスにしか興味が無い。イギリスも目の前の危機をどうにしかしたい一心でフランスの事など気にも留めないで逃走した。
「……え?聞いて?ねぇ……、あれ?ちょっとお兄さんに気づいてくんない?」
「待ってダーリン!!」
「ぎゃぁあああ!!!こっち来んじゃねぇええ!!!!」
「…嘘でしょ……!」
そう、これが本当のアウトオブ眼中だ。フランスは身を以て体感した。
そんなフランスを他所に日本は段々とカオスになって来ていると嫌な予感に襲われていた。
ゴウリーの暴走から発狂したイギリスがまたあの魔法のステッキでハプニングを起こし、冷ややかに睨み合っているアメリカとロシアが乱闘を始め、事態を終息させようとドイツが奮闘するもストレスからの頭痛と胃痛にダウンしそうだ。
更に言えば先程からギルベルトを睨むプロイセンが気になる。何故そんなにももう1人の自分に対して敵意剥き出しなのか理解出来ないし、悪い事にギルベルトもその視線を受けてドス黒いオーラを放ち始めているではないか。
頼みの常識人である菊はゴースト達と呑気にお茶を楽しんでいる。何処からお茶のセットを出したんですか!?とかツッコミたい要素満載だが、今は敢えて見なかった事にしておこう…と日本は1人思考に暮れている。
「…無事に帰して差し上げたいのに、困りましたねぇ」
はぁ。と大きく嘆息した時だった。
ーーバチバチッ……
「!?」
視界の端で菊と呑気にお茶をしていたゴーストが軽い電気を纏いながら光出した。
これには菊も驚いた様子で目を丸くし、傍にいたギルベルトは慌てて菊を自分の背に隠す。
明滅していた光が安定したのか、ピカピカしていた光は電球を思わせる光を灯していた。ゴースト達はピッタリ頬を寄せて眩しく光るが、当の本人はウキャキャと擽ったそうに目を細めている。
〔……れ、大丈……ん??〕
暫く様子を窺っていれば、途切れ途切れに声が響いた。その声音は聞き覚えがある。
日本は顎に手を当てて、ジッとゴースト達を観察した。
〔ーーッ、ギ……ちゃん……える??〕
先程よりも聞き取り易くなってきた音声は、誰かがこちら側に話し掛けているようだ。
トランシーバー越しの音声と同じだ。と菊は懐かしい記憶を手繰り寄せた。
「……まさか、通信ですか?」
摩訶不思議なゴーストの事だ。異空間を越えて来たのだから、通信機能があると言われたら納得してしまう。
日本の隣にプロイセンが立ち並ぶと「何処から通信なんか……」と疑問に眉根を寄せた。
〔ーーッ、聞こえとるー??〕
今度は鮮明に聞き取れた。
この声に反応したのはギルベルトだ。
「!、トーニョ!!」
〔!!、えっ!?ギルちゃん!!〕
「おう!俺様だぜ!っつうかなんで…」
〔あーーーもう!!やっと正気に戻ったんかいな!!!ギルちゃん暴走しよるから親分止めるの大変やったんやで!?でも正気に戻ったんなら安心したわー!!!良かったなぁ!!〕
「……あー、何か…悪ぃな」
物凄い勢いで喋り出したのはアントーニョだった。ギルベルトは懐かしい気持ちになりながらも、随分と迷惑を掛けてしまったと素直に反省した。
〔おいコラ!どけハゲ!!〕
〔痛っ!?ちょっ、ロヴィ!酷ない!?それにまだハゲてへんで!!!〕
〔うるせえカッツォ!!そんな事よりもだ!菊は居るか!?無事か!?〕
アントーニョの声から今度はロヴィーノの声がする。ロヴィーノは菊の安否が気掛かりだったらしく、魔王であるギルベルトよりも先に菊の存在を心配した。
「あ、はい!菊は健在です!」
菊はギルベルトの背後から横に並ぶと声を発しているゴースト達を見上げる。
〔よ、良かった……!菊が無事なら安心したぜ。ゴースト達が居てくれて助かった。もう少ししたら、こっち側で受け入れ用の陣を描くからな。準備が出来たらゴースト達に伝えてくれ。もう少しの辛抱だぞ菊〕
「はい。有難う御座います」
「いや、俺様は?俺様の心配は?」
〔あ?〕
「ナンデモナイデス」
菊への過保護なまでの心配をするロヴィーノ。ギルベルトは魔王であり、魔界のカリスマ(自称)である自分の存在が空気になっている様で思わずロヴィーノに存在をアピールするが、威圧感溢れる一声で心が折れる。
ズゥンと音がしそうな程肩を落とすギルベルトに菊は苦笑しながら頭を撫でてやる。
魔王でありながらなんと情けない。と弟であるルードヴィッヒが嘆きそうな姿だが、そんなギルベルトもまた愛おしいのだと菊は微笑む。
「き、菊ーーッ!!」
「はいはい」
ギルベルトは涙に濡れながらガバッと菊に抱き着きHPを回復した。
「受け入れ用の陣?」
イチャイチャするギルベルト夫妻を無視してドイツが興味深げにロヴィーノに問えば、ロヴィーノは小さく「げっ、芋野郎と同じ声だぜ」と悪態を吐いた。
向こうのロマーノもこちら側のロマーノと同じ様な悪態にドイツは少し傷付く。
〔〜チッ。めんどくせぇな。良いか?早い話が、スタート地点を作ったならゴール地点を作るもんだろ?それと同じで、そっちがスタート地点ならこっち側がゴール地点として陣を作らないと辺鄙な世界に飛ばされちまう…要は迷子になっちまうって事だ!分かったか芋野郎コノヤロウ!〕
「う、うむ……理解した」
何故いちいち語尾に悪態を付けるんだ。
理不尽に思いながらも、わかり易いよう(?)に説明してくれたのだから彼もきっと根は面倒見の良い兄属性なのだろう。こちら側の世界に居るイタリア兄弟を思い浮かべてドイツは少しだけホッコリした。
〔なんだコレはァァァァァァ!?!?〕
〔ちぎゃああああ!?!?〕
「「!?」」
ホッコリしていたドイツの耳に悲鳴とも怒号とも取れる声が劈く。
一体何事だ?とドイツは周りを見渡したが、周りの者はドイツの反応とは少し違う様で眉を寄せて此方を訝しんでいた。
「……な、なんだ?」
周りの者の視線を一身に浴びている状況に疑問符が浮かぶ。その視線は「いきなり叫びだしたらビックリすんじゃん」と言わんばかりである。
「おいおいヴェスト、何かあったのか?」
「いや、俺じゃない」
プロイセンが子供を諭す様な眼差しでドイツの肩を叩くが、断じて自分が発した声じゃない。
「ん?じゃあ……」
プロイセンは疑問符を浮かべてドイツからゴースト達へと視線を移したが、2体とも口を大きく空けて微動だにしない。
そこでピクリと反応を示した者が居た。
「……やべ。これルッツじゃねえか」
ポツリと大きく洩らしたのは菊とイチャイチャしていたギルベルトだ。さっきまで頬をピンク色に染めていたのに今は真っ青である。
「あら、ルートさんもうお戻りになったんですねぇ」
幌に手を当ててのんびりと微笑む菊と真っ青なギルベルトのリアクションは正に正反対だ。
〔何故こんな瓦礫が……ッ、いや先ずは会食だ!あの眉毛は何処に…いや兄貴は何処だ!!!またサボってるのか!!出て来い兄貴ぃいいいい!!!〕
〔い、芋野郎コノヤロウ!!!デケェ声で威圧すんじゃねぇよカッツォ!!!〕
〔もう、親分耳痛いわぁ。ロヴィも大概声デカいねんで?〕
〔うるせえぞハゲ!!〕
〔まだハゲてへんわ!!!!!〕
〔おい!!あの馬鹿兄貴は何処に行ったんだ!!今度と言う今度は許さん!!!〕
ギャーギャーと通信機代わりのゴースト達から騒がしい声が止まない。
安易に想像出来てしまう展開にギルベルトはゆっくりと両手で顔を覆い隠し床に懐いた。
「やべぇって……」
「しっかりして下さい。きちんと説明すればルートさんも頭ごなしに怒ったりなんてしませんよ?」
聖母のように微笑む菊は眩しいが、きっと無駄であろう。記憶がほぼ飛ぶぐらいに暴走したのならば、あの魔界一と謳われた会食の会場はルードヴィッヒの絶叫から容易に想像出来てしまう。きっと会場は無惨にも瓦礫の山となっているだろう。
説教3時間コースなら優しい方だ。菊との接触を1週間禁止にされたらと思うだけで絶望から涙が出る。
我が弟ながら、如何に相手を精神的に痛め付けられるのか熟知しているのが誇らしい様で悲しい。
それから1時間が経過する頃、ギルベルトはゴースト達が宙に浮く真下で菊と並び、化身達に「一応世話になったなドイツ」とドイツにだけ礼を述べた。方方から「ドイツだけかよ!?」と不満の声が上がったが、世話になった覚え等無いのでスルーした。
ギルベルト達のその足元には複雑な模様の円陣がある。これはギルベルトが床に手を付けた瞬間に出現した術式だ。
1時間の猶予を置いたのは向こう側(ゴール地点)の陣が完成する頃合いを狙っての事。
「ザコ、ハゲ。繋いでくれ」
ギルベルトの声にゴースト達は随分と嫌そうだ。
「……てめぇらな」
「宜しくお願いしますね」
怒りに震えるギルベルトの隣に居た菊が微笑みながらゴースト達に告げれば、気合い充分とばかりに大きく頷く。何という贔屓だ。
怒りの矛先を失い虚脱感に襲われたが、ギルベルトの腕に菊がそっと寄り添ってくれたので我慢する。
まるで電球の様にゴースト達が電気を纏いながら、大きく口を開けた事で通信環境が整った様だ。
〔よう、待たせたな。こっちは完璧だぜ。シエスタの時間削ってんだから戻ったら特別手当出せよ〕
ゴースト達からロヴィーノの声が響いた。向こう側の受け入れが完成したのならば何時でも移動出来る。
「日本さん」
ふと、菊はプロイセンの隣に並ぶ日本を呼んだ。
「?、はい、どうされました?」
キョトンと首を傾げる日本に菊は微笑む。
「憂いが晴れた様で安心しました。貴方に逢えて良かったです。どうか、今の想いを大切に育んで下さいね」
「!」
日本は驚いた。昨日の不安定な感情を見抜く者がプロイセンの他に居ようとは思わなかったのだ。
もう一人の自分という繋がりで通ずるモノがあったのかもしれない。
彼女の言葉に、より一層プロイセンへの愛おしい感情が溢れる。
「はい。有難う御座います。菊さんのご多幸をお祈りいたしております」
深く一礼した日本の所作は辺りが静寂に包まれる程に美しかった。
ギルベルトは少しだけ日本をライバル視していたが、ここに来て菊と日本に通ずるモノがあってそれは別次元の信頼なのだろうと思えた。
昨夜の菊の話では、この世界に飛ばされてからもう一人の自分と言う事もあり日本の存在がとても大きく、精神安定となっていたと言う。
「菊が世話になったな。日本」
だからこそ、ギルベルトは心からの礼を日本に述べる事が出来た。
日本は一瞬目を丸くしたが、言葉の意味を理解した時には「こちらこそ」と微笑んだ。
その遣り取りを見ていたプロイセンは眉を少しだけ不快に寄せる。
「……まあ、あれだな。もう一人の自分とか言っても、俺様の方が小鳥カッコイイよな!」
「ちょ、痛っ!何ですか突然」
バシバシと日本の肩を叩くプロイセンに今度はギルベルトが眉を寄せた。
「ぁあ?俺様がカッコイイのは分かるぜ。だがな、この俺様が1番に決まってんだろぅが。2番手は黙ってろ」
フスーと鼻息を鳴らすギルベルトにプロイセンは口端を引き攣らせた。
「喧嘩売ってんのか?てめぇが2番目だろうが。俺様の方が小鳥カッコイイっつうの!!」
「いいや!俺様が1番だ!」
「俺様だっての!」
俺様だ!合戦に菊と日本はお互い顔を見合わせて頷き合った。
周りの化身達は呆れた様に佇み、ドイツは項垂れている。
未だに言い合うギルベルトとプロイセンの腕を菊と日本がそっと引いた。
「「貴方が1番カッコイイのは私だけが知っていれば良いんです」」
二人同時に同じ事を告げた。
凄いシンクロ率だとフランスが目を丸くして、これは面白いと動画を撮る。
当のギルベルトとプロイセンは周りの事等頭に無い。今彼等の脳内には目の前の愛おしい人しか居ないのだ。
「そうだな。お前だけが分かってくれてるならそれで良い」
至極真面目な顔と声音で菊を見つめて抱き締めたギルベルト。
「お前の1番が俺様なのは当たり前だっつうの」
頬を染めて唇を尖らせるプロイセン。
同じだとしてもこうも態度が違うのかとフランスは面白いとばかりに動画をネタとして共有した。
「そろそろ行くか」
一頻り菊を抱き締めて満足したギルベルトは良い笑顔で言う。
「はい。それでは皆様、大変お世話になりました」
化身達へと挨拶を述べた菊にアメリカ、ロシア、ドイツは笑みで応え、フランスは投げキッスを贈ったが、直後に原因不明の腹痛に襲われた。
日本は最後に菊とギルベルトと握手を交わし、プロイセンは菊とだけ握手しようとしたが、ギルベルトに手刀で阻まれていた。

そうして漸くギルベルトと菊は魔界へと帰って行ったのだった。




「てんめぇえらぁあ!!!」
ーーガシャンッ!パリーンッ!
爽やかとは言えない魔界の朝、魔王の怒声が響き渡る。
城の従者達はこの怒声で王の目覚めを確認し、朝食の配膳やらを開始する合図としている。

怒声が響き渡った魔王夫妻の愛の巣といっていい寝室には上半身裸のギルベルト、艶めかしいネグリジェ姿の菊が居る。
この二人が寝室に居るのはごく当たり前の光景である。
「いい加減ベッド下に忍び込むのやめろ!!あと!盗撮と盗聴もな!!何回言や分かんだよ!?」
そう、ギルベルトの怒りの原因はゴースト達がまたまたベッド下に潜んでいた事だ。懲りもせずにほぼほぼ毎晩。
ギルベルトが睨み下ろす先、モゾモゾとオレンジ色のゴーストがプラカードらしき物をギルベルトに掲げて見せた。
「あ?ンだよ?…えーと【毛根も蘇る驚きのエロさ!!】って喧しいわ!!!」
ゴツンッ!!と大きな拳骨音が魔王城に響き渡り、魔界のモンスター達の1日が今日も始まる。

そう、いつもと変わらない魔界の話。

END
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