12


目の前で繰り広げられる騒動にギルベルトは菊の膝上で当事者なのに傍観を決め込んでいる。
「きく、ニンゲンっておもしれぇな」
ギルベルトの旋毛を見下ろしながら菊は「他人事のように……」と嘆息しながら「人間では無いそうですよ」と告げた。
「ん?ニンゲンじゃねぇって…?」
くるりとした赤い瞳が菊を見上げてくる。とても可愛らしいアングルに菊はギュッと抱き締めたくなる衝動に耐えながら「ほら、言っていたでしょう?」と話し出す。
「ゴウリーさんと秘書さんが私達に瓜二つの祖国様達が存在していて、その方々は人間ではなく国家の化身だと」
菊の台詞にギルベルトは漸く思い出した。弟のルードヴィッヒが取り乱し疲弊までしたあの日、確かに国の化身が存在すると言っていた。
「ってことは、もうひとりのきくってあいつか?」
白く小さな人差し指がプロイセンと話し込んでいる日本へと向けられると、菊は「えぇ、そうですよ」と頷く。
「……おとこ、だよな?あれ」
「可愛らしい御方ですよね。私の想像よりもずっと」
もう一人の自分とは言え他人…ましてや男を賛辞する妻にギルベルトは面白くないと黙り込んだ。
菊はギルベルトの小さな頭を優しく撫でながら、視線の先で言葉を交わす日本の機微に気を揉む。
「……」
「きく、きになるのか?」
ギルベルトは少しばかり嫉妬を含ませた声音で頭上の菊を見上げた。眉を下げた菊の憂い顔は他の男に向けられている感情だと思うと、腹の底でドロドロした感情がとぐろを巻く。
「えぇ。言葉に表すには難しいのですが、何だか日本さんが辛そうに見えて…」
「つらい?おれにはそうみえないぞ?」
「何故でしょうね?もう1人の私…だからでしょうか?日本さんの嫉妬…悲しみ……総じて切なくなる様な負の感情が伝わってくるんです」
菊の説明がギルベルトが予想していた回答ではなかった事に安堵し、菊の細い指先を小さな掌でギュッと握り締めた。
「ギルさん?」
「ん。きっとだいじょうぶだ。だって、きくにはおれさまがいるように、アイツのそばにはもうひとりのおれさまがいるからな。だろ?」
「!」
力強い言葉に菊は胸が熱くなる。菊の夫であるこの人はいつだって菊を安心させてくれるのだ。
「……貴方が居てくれて良かった」
「!……ん」
耳まで赤く染めて照れるギルベルトの小さな身体を菊は優しく包み込んだ。
きっと日本は大丈夫だ。だって、菊にギルベルトが居るように、彼にはプロイセンが居る。きっとどんな困難も想いも全部乗り越えてしまえるだろう。
『日本さん、大丈夫ですよ』
菊はそっと日本へのエールを胸中で贈った。



「だぁかぁらぁああ!こんな角っこで人の頭ガンガン殴るのやめません!?普通に死にますから!私はまだ生きる!《バシィッ 》ぁ痛ァァァ!!!!」
床に頭から突っ伏す秘書Aに黄色のゴーストであるザコが悠々と煙草を吹かす仕草で見下している。
また何やら揉めていたのだろう。
「ハンッ!!このアタシに喧嘩売る奴なんておチビちゃんぐらいのもんよ!ダーリンの前だからって汐らしくしてるゴウリーちゃんじゃないわぁあああ!!」
また向こうでは太ましい剛腕を組んで唾を飛ばしながら吠えるゴウリーと短い腕を勇ましく組んだオレンジ色のゴーストであるハゲが睨みあっていた。
こっちもこっちで大した事でも無いのにまたまた揉めているのだろう。
そのまた向こうではアメリカとロシアが冷気を漂わせながらピストルと水道管を交えて笑っている。笑っている…では語弊があるかもしれない。目は笑っていないのだ。だって遠目からでも分かる程、凍てついている目付きをしていた。
春待ち組はいつもの事だから放置を決め込む。
スペインとフランスは何やら場に飽きたらしく、ロマーノとフェリシアーノを飲みと称した女漁りに誘っている…いや、待てコラ。人が胃痛頭痛に悩まされているのに呑気な事じゃないか。巫山戯るな。
「貴様ら…ッ」
「よし!ヴェスト!問題解決だぜ!明日の余興に俺様がギター1本で弾き語りしてやるからよ!しっとり歌いあげる俺様の美声に酔いな!決めポーズも考えとくぜ!!」
「……ッ兄貴、何の話だ」
怒りの咆哮を発しようとしたドイツの肩を兄であるプロイセンがドヤ顔で止めた。
……止めた?……止めたのだろうか?これは自分が如何に明日の打ち上げの余興で目立つかどうかしか考えていないのではないか?
ドイツの胸に一抹の不安が過ぎる。
「何の話ってお前、明日の余興で何するか決めて無かったから今悩んでんだろ?胃痛と頭痛が酷いです!って顔しやがってよ。だから小鳥カッコイイお兄様であるこの俺様が明日の余興で弾き語りしてやるって案だよ。あ、そうか!インド仕込みのダンスの方が盛り上がるか!?呆気なく問題解決じゃねえか!流石俺様!!今から特訓だぜー!!」
そうじゃない!
ドイツは悲観に叫びたくなった。こんなにも頭を悩ませているのは明日の余興なんかじゃない。こんな状況で暢気に明日の余興に悩むなんてする訳が無い。あの喧しいメンバーが悩みの種なのだ。
兄弟なのに何故こうも意思疎通が難しいのだろうか。兄弟とは一体何だ?寧ろその喧しいメンバーに己の兄さえも含まれている。なんてカオスだろう。
誰か助けてくれ……!!
「……ッ神よ」
「お?何だ?」
肩を落とすドイツに一人楽ししく盛り上がっていたプロイセンは訳が分からないと首を傾げた。
「どうしたヴェスト?トイレか?我慢すんな。出すもん出してスッキリして来いよ!な?此処はお兄様がちゃんと監視しといてやるからな!」
「!!」
ケセセセ!とドイツの肩をバシバシ叩き、高笑いするプロイセンにドイツは言葉を失った。同時に頭の中でブツリと切れる音がした。
「〜ッこんの…!!馬鹿兄貴がぁあああ!!!」
「ンブフッ!!??」
ドイツの分厚い掌が高笑いをしていたプロイセンの両頬を押し潰す勢いで圧を加えた。
傍から見れば何と微笑ましい両頬グリグリかと思うだろうが、ドイツをなめてはいけない。ゴリラの如きパワーを以て押し潰しているのだ。痛いに決まってる。リンゴなんて木端微塵だろう。
「ンガッ!ブフォ!?ンブブッ!!!!」
「フン!何を言っとるのか皆目見当もつかんわ!!」
グリグリ押し潰すドイツの手首を引き離そうと踏ん張るプロイセンだが、悲しい事に腕力では弟に適わない。しかもプロイセンの必死の訴えはドイツのドSな台詞と共に一蹴されて終わる。
遠い昔、金髪碧眼の幼い天使だったドイツはもう居ない。脳内では幼いドイツが頬を赤くして照れながらも「兄さん、この本を読んでくれないか?」とプロイセンを窺っていた天使を思い出す。
カムバック天使、兄ちゃん悲しい…。とプロイセンは物理的な痛みと感傷的な痛みに涙を浮かべた。
そんなゲルマン兄弟を他所にアジア組が喚く中国を引き摺り予定されていた会食へと向かった為、ホール内はかなり静かになり、日本は人知れず安堵した。一部(ゲルマン兄弟)を除き。
さて、と日本は気を取り直し問題解決の為に未だにプロイセンの顔を潰そうとしているドイツの元に歩み寄った。
「ドイツさん、お取り込み中恐れ入りますがそろそろ本題に入りませんと時間がありません」
日本の言葉にドイツはハッとすると、咳払いをしながらプロイセンを捨て置き、背筋を伸ばす。
「そ、そうだな。すまない、取り乱した」
頬を可愛らしく染めたドイツが微笑ましい。日本は思わず緩みそうになった顔を引き締めてコクリと頷いた。日本の背後でスンスン鼻を鳴らすプロイセンに構うとまた話が脱線しそうなので心を鬼にして恋人は放置する。
落ち着いたと思ったらあちこちで火花が散る現状なのだ。不憫とは思うが仕方ない。

「そろそろ話を元に戻す!皆静粛に!!!」

ドイツの勇ましい声がホール内に響き渡り、漸く事が進みそうな予感に日本は少しばかり安堵した。
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