11

バチンッ!と大きな破裂音と目に痛い程の閃光にテロか何か分からず化身達に緊張が走る。
アメリカは腰元から銃を取り出し、ロシアは水道管を握り締めて険しい表情で煙が昇る一点を注視した。
「「「……」」」
イタリアとロマーノはドイツの背中に隠れて青ざめ、日本は菊やドイツ達を護るように前に出る。
イギリスは漸く鎮める事に成功したゴウリーを他所に懐から銃を取り出し、中国は台湾や香港マカオ、ベトナム、タイに向けて「お前達は下がるアル!」と過保護を発動し、煙の中を訝しむ様に睨む。
プロイセン、フランス、スペインもさっきまでの雑談に興じる様な雰囲気とは違い、張り詰めた雰囲気でそれぞれ銃を手に構えた。
「菊、お前は俺たち化身とは身体の創りが違う。良いか?合図があるまで動くな」
怯えるイタリアとロマーノを背中に貼り付けたまま、ドイツは視線を煙の元に向けて菊に小さく告げた。
「は、はい……」
何が起こっているのか…勿論菊にはサッパリ分からない。悪魔である為、ある程度頑丈には創られているのだが、ドイツの指示に大人しく頷いておいた。
皆が煙が晴れるのを待つ。
化身達は握り締めた武器に力を込める。
「げっほ!げっほげっほげっほげっほげっほ!!うぉえっ!!!……ッ咳き込み過ぎて喉が痛い!!!」
「「「……は?」」」
予想を大きく裏切るかのように何とも緊張感の欠片も無い台詞が木霊する。
「……この声、」
日本は聞き覚えのある声に警戒していた体勢から棒立ちになり、思わずポツリと呟いた。
ーーバキッ!
「あ痛っ!!痛いじゃないですか!!咳き込んで嘔吐く人間に対して暴力を振るうなんて最低です!この悪魔!鬼!え?…【黙れ。邪魔だ】じゃ、邪魔!?言うに事欠いて邪魔ってなんですか!?先ずは心を込めた労りと謝罪でしょうが!!ほんと酷くないで《ガッ》ぐふッ!!!」
「……」
「~ッ痛いつってんでしょ!あ!?また角の所じゃないですか!?角の所はやめなさいって言ってんでしょうが!!ほんとにココにこうめり込んで!そう!その角度からの!そこが1番硬くて痛いんですよ!!…え?何ですか?【お前そのまま三歩進め】……なんで?…え?理由は何ですか?ハン、どうせ落とし穴とかしてる魂胆でしょ?5回も同じ手には引っかかりませんよ、残念でしたね……って何ですかその態度!!舌打ちとか良くない!!!」
この不憫極まりない台詞。
日本は嬉しいような懐かしいような、それでいて可哀想な…そんな言い表しようのない感情になった。
日本同様に他の化身達も警戒を解き椅子に座り直した。
「おい、日本。…一応、良かったな」
「プロイセン君たら…えぇ。安心しました」
プロイセンは銃を腰ベルトに差し込みながら日本の隣に並ぶ。
これまでの日本の心情を思えば、さぞこの声を聞いて安堵した事だろうとプロイセンを含めた化身達が思った。
「……でもプロイセン君、」
「……ッい、今!!【日本】って聞こえませんでしたか!?!?嗚呼…祖国!!私の祖国が近くに居るんですか!?祖国ぅううう私は此処におりま《バキッ》ぁいたぁああ!?」
「……」
なんという事だろう。小声で会話をしていた日本とプロイセンの声が3メートル先まで聞こえていたとは…。地獄耳(日本限定)とはこの事だ。
日本はプロイセンに疑問を投げかけようとした所で黙り込んだ。
「何だかシラケちゃったんだゾ…」
「少し損した気分になるんだけど…これって日本君に賠償請求出来るかな?だって日本君の所の子でしょ?」
「…君ってそういう所あるよね?」
「?、そういう所ってどういう所かな?モスクワかな?あ、北方領土とか言わないでね?」
大きな嘆息を零すアメリカに珍しくロシアが同調する。だが、内容が恐ろしい。アメリカの皮肉も通じないで首を傾げている。
しかしイギリスはそんな2人とは違い、深く考え込んでいた。
秘書Aはさっきから誰と会話をしているんだという点。ゴウリーは既に此方に帰って来ている為、ゴウリーではない。そうなると…煙の向こうに居るのは異形の物かもしれない。
……ならば警戒を解くには早い。
「ちょっと!さっきから何で邪魔するんですか!?私の祖国なんですよ!え?【囲まれてるのに喚くな】ですって?知った事か!!私には関係ありませんよ!!行かせて下さいぃいいい!!祖国ーッ!そこーーーく!!!《バチンッ》あ痛!!!」
「……」
この会話の内容からそこまで心配する様な物では無いのかもしれないが…、状況が分からないだけに判断に困る。イギリスは取り敢えず懐に手を入れて瞬時に銃を取り出せる様にしておいた。そして隣でギャーギャー煩いアメリカとロシアを黙らせる。
「……おぃ、騒ぐな」
イギリスの険しい声音にアメリカとロシアは目を丸くして黙り込み、フランスとスペインはイギリス同様に静かに煙の向こうを睨んでいた。
「ヴェ?何なに??どうなったのドイツ〜、兄ちゃん……」
「うるせぇバカ弟!こういう時は芋野郎を肉盾にして静かにしてろ!危なくなったら芋野郎を押し飛ばして逃げんぞコノヤロー!」
「ひ、酷いや兄ちゃん!ごめんねドイツー!!でもでも!もしもの時は俺を助けてね!!」
「チギッ!?このバカ弟が!!自分だけ助かろうとすんじゃねぇぞコノヤロー!!おい!芋野郎!先に俺を助けろよ!!!」
「ヴェ!兄ちゃん酷いよー!!!!」
「うっせえバーカバーカ!!!」
「あ!バカって言った!バカって言った方がバカなんだ!!日本が言ってたもんねー!!」
「なんだと!?このクソ弟が生意気なんだよ!カッツォ!!」
「ヴェ!痛い痛い痛い痛い!!!ドイツ助けてー!!!」
「……頼むから背中に引っ付いたまま叫ばないでくれ」
ドイツの背中にイタリアがしっかり張り付き、そのイタリアにロマーノが張り付いている為、ドイツの背中は大変温かい。そして至近距離で大声を出されると耳に痛いのだ。喧嘩していても離れようとしない兄弟にドイツは大きな溜息を吐いた。
騒がしいドイツ達の目の前では日本とプロイセンが雰囲気を和らげながらも、イギリスやフランス、スペインとどこか同じ様に煙立つ場所から視線を逸らさないでいる。
「っつうかよ、あの変態は誰と揉めてんだ?」
「ええ。先程から随分賑やかですし……、得体の知れぬ者が居るのかもしれません」
「お待ち下さい」
小さく囁き合う2人の元にドイツ達の後方から抜け出してきた菊がやって来た。
「大丈夫ですよ。害のある者では御座いませんのでご安心下さい」
「菊さん…、分かるんですか?」
俄に驚いた表情を見せる日本に菊はニッコリと微笑んで頷いた時だった。
「うるさい!」
「!?」
大きく響いたのは耳馴染みの無い高音。
「……え?今のって」
「なんや?あん中に子供が居るん?」
フランスが驚いた様に呟けば隣のぺド…子供好きであるスペインが表情を明るくした。
霧散していく煙が晴れると、そこには床に頭から土下座体勢の秘書A。そしてその頭にプラカードの様な物を押し当ててグリグリする可愛らしいリラック〇を思わせるオレンジ色のマスコット。そして同じ様に可愛らしい黄色の方のマスコットは幼い子供の周りを浮遊しながらカメラのシャッターをきっていた。勿論被写体は子供だ。その子供はぷくぷくしたほっぺに銀髪。珍しい赤と青の入り交じった瞳を持っていた。年齢の断定は出来ないが、人間で言うところの幼児ぐらいだろうか。そんな可愛い風貌に似合わず偉そうに腕を組み、ふんぞり返っている。しかも額から小さな角とお尻辺りから白い尻尾が覗いていた。
「…あれ?何か誰かに似てるような……?」
日本が思わず独り言ちる。既視感が凄まじい。
「なんでガキが?っつうかあの黄色いのとオレンジ色のはなんだ?」
プロイセンは浮遊するゴーストを興味深げに観察していた。
日本の後方では菊がザワザワと落ち着かない感覚に戸惑いを覚えて俯いている。
「…?、急に何故?」
子供の様な声を耳にした瞬間からどうにも鼓動が早くなり、体中の血液が沸騰しているように熱いのだ。
「おまえらいいかげんにしろ!かこまれてんのにのんきだぞ!」
「…グェッだ、だって!コイツらが私に対して酷いんですもん!愛しの祖国が居るってのに邪魔した挙句暴力のオンパレードな《ゴンッ》ングフッ!!」
プラカードの角でグリグリされていた秘書Aにオレンジ色のゴーストは黄色いゴーストから渡された大きなハンマーで秘書Aの脳天を殴打してみせる。
親指を立てて頷く黄色いゴーストにオレンジ色のゴーストも達成感に満ちた表情で親指を立てて応えた。恐らく「やっと黙らせる事に成功した★」と健闘を称えているのだろう。
何の緊張感も無い面々に子供は大人顔負けに溜息を吐く。
「……」
「ドイツ〜?どうしたのさ?」
そんな子供の様子にドイツは親近感を感じずにはいられない。
イタリアがプルプル震えるドイツの肩に疑問を投げ掛けたが返答は無かった。訝しむ様にイタリアがドイツを覗き込もうとするも「いつもの事じゃねぇか」とロマーノが吐き捨てれば、イタリアは簡単に納得すると、あろう事か「シエスタしても良いかな?でもバレて怒られたら嫌だなぁ〜」とマイペースを発揮した。
「……」
ドイツは背中で交わされるイタリア兄弟の遣り取りに脱力感を覚えながら、目先の子供のあの苦労を痛い程痛感していた。
人の意見も聞かずに暴走に暴走を重ね、更に事態の悪化を招くメンバーを纏めなければならない時のあの苦労。胃薬なんて物じゃあの苦労を癒せないのだ。あんな小さな身体であんなに濃いメンバーを纏めなければならない子供が不憫に思えてきて、ドイツは人知れず目元を指先で拭った。

「菊さん?大丈夫ですか?」
「何だ?調子悪ぃのか?」
日本達の後方で自身を抱き締めて俯いていた菊に気づいた日本が慌てて声を掛ければ隣のプロイセンも驚いた様に目を丸くする。
「だ、大丈夫です……」
苦笑混じりに菊が顔を上げれば、頬は赤らみ、瞳は潤んでいた。熱でもあるのだろうか?と日本もプロイセンも気を揉む。
「きく?きくってきこえた!コラ!おまえらしずかにしろ!」
子供の大声にハッとしたプロイセンは子供へと目を向ける。あの子供は《きく》と名前を呼んでいたのだ。
日本も思わず子供を凝視した。
子供が大きな瞳で部屋のあちこちへと視線を走らせていたが、此方を見た瞬間、目を更に大きく見開いた。
「……ッ!き…く。きく!!きくだ!!!」
此方……日本の後方に居た菊を目にしたのだろう。子供は今にも泣き出しそうな顔をしながら此方に向かって飛び込んでくる。
「え!?」
文字通り飛び込んで来ているのだ。
ギュンッと音が鳴りそうな程の凄まじい勢いで飛んでくる。
その非現実的な事象を前に日本は目を丸くし、プロイセンは空いた口が塞がらないでいる。
「きく!!!!!」
「え、もしかして…」
飛び込んで来る心当たりの無い子供に菊は驚いたが、とある人物の特徴を思い出せば全て当て嵌る見目。魔族の特徴であり、唯一ギルベルトだけが持つプラチナの角。
そして《きく》と名前を呼ばれただけで、胸の奥がカッと熱く燃えるような感覚は……、ギルベルトしか居ない。
子供が声を発してから落ち着かないあの感覚はギルベルトの存在を漸く身近に感じる事が出来たからに他ならない。
「ギ…ッ」
「きくぅうううう!!!!」
菊が名前を呼ぶ前に子供は菊の豊満な胸元に顔からダイブをキメた。
「……ッきく…きく!!よかった……!!」
涙と鼻水で胸元が濡れていくのが分かる。こんなに小さな子供になってまで、自分を探しに来てくれたのだと思うと菊の目から涙が溢れた。
「〜ッ、ウソ…ほんと、に?……ッ!!わ、たしも……逢いたッ……かっ…〜ッうぅ」
小さくなってしまった夫をぎゅうっと抱き締めた。菊の鼻を掠めたのは夫の匂い。五感で愛する夫を感じると更に感極まり言葉に出来なくなった。
本当は聞きたい事がある。
何故小さくなったのか?
どうやって此処へ来れたのか?
……異世界に迎えに来てくれる程、私を……。
言葉も無く抱き締め合う2人を前に化身達は温度差を感じていた。
菊と子供は感動的な再会を果たしているのに対し、いつの間にか復活していたゴウリーが可愛らしいオレンジのゴーストと並々ならぬ殺気を溢れさせ、その向こうでは黄色のゴーストと行方不明で探していた秘書Aが殺気を滲ませながらゼロ距離で睨み合っていた。
「なんやこれ…。それにや、あの子供まさかやけど……」
「あの子供何なの!?ずっと神々の谷間で喋ってんじゃん!?生意気!!場所変われよ!!ってかあれプーちゃんでしょ!」
呟くスペインの隣で何故かフランスが悔しそうにハンカチを噛み締めながらあの子供はプロイセンであると指摘している。
「プロイセン君、まさかとは思うのですが…」
「お?おう……」
やけに真剣な顔をしている日本にプロイセンは何事かと表情を険しくした。
「あの子供さんの特徴…貴方に似てません?というか、貴方ですよね?」
「…は?…え?俺?」
少しばかり拍子抜けしたプロイセンだったが、日本に言われ指摘された子供を注意深く観察した。
顔は菊の巨乳に埋もれて分からないが、あのプラチナブロンドはよく似ている。だが、それだけで似ているとも言い切れない。
それにだ、なんでもう1人の俺様は子供の姿なんだ。と目を背けたくなる。これをあの悪友共に知られたら揶揄されまくるだろう。ならばあの子供が自分だと認めたくない。しかも、菊との関係が分からずに、モヤモヤと蟠りが膨れ上がる。
「…いや?似てねぇな…、全然!全く!これっぽっちも!似てねぇぜ!!」
「そ、そこまで否定しますか」
口を真一文字に結び日本から目を逸らすプロイセンに日本は「ま、いいか」と追求する事をやめた。
「いやいや!何でそんな否定してんの!あの子供は正しくプーちゃんじゃなぁい!」
「せやで!瓜二つやん!って言うてもプーちゃんの子供の姿とか記憶にあんま無いねんけどな!」
そこへプロイセンをここぞとばかりに揶揄いに来る悪友がプロイセンの肩に手を乗せて笑っている。
「げっ!お前ら……」
「こんな美しいお兄さんに向かって、げっ!とは何よ?」
「酷いわー。傷付くわー。騎士とか言うてテンション上げとったのに実際はショタやったプーちゃんが酷いわー」
「酷いのはどっちだコノヤロー!!失せろ!!」
「「きゃー!暴力はんたーい」」
また騒がしく暴れだした悪友トリオを前に、しかし…と日本は再度件の子供に目を向ける。
菊と同じ様に臀部辺りから伸びる白い尻尾。一瞬だけ見えた額には湾曲した白い角。どうやら菊と同じ種族だという事が窺えるのだが、珍しい事に悪魔といえば黒。なのに、あの子供は白い角と尻尾を持っている何とも稀有な悪魔だ。
菊の夫は魔王だと言っていた。そしてあの子供の異様な執着心と菊の愛おしさが溢れ出ている眼差しと抱擁……もしや、あの子供は菊と魔王の子息?だとしたら(本人は否定しているが)、プロイセンは向こうの世界で日本の子供という事になる。
「……ッ」
そこまで考えが至ると日本は息を詰まらせた。
魔王がプロイセンだったら…と僅かに希望を抱いていたが、まさか他の人との間に出来た子供とは……。
「……ッ、」
ーーいや、違う。
向こうは向こうの世界。こっちはこっちの世界があって……だから、勝手に悲観に暮れるなんて菊達に失礼である。そう、こっちの世界の私達には関係ない。
視界の端で悪友を追い払う事に成功したプロイセンがネクタイを緩めながら歩いて来るのを認識し、マイナス思考を振り払う。
日本は何度も自分に『此方の私達には関係ない』と言い聞かせて、人知れず心を落ち着かせた。
「日本、どうした?」
そんな日本にプロイセンは何かを察したのか、一瞬眉を寄せると、静かに隣に立ち並んだ。
「ッ、プロイセンくん……」
慈しみと心配を織り交ぜた眼差しが日本を優しく包み込む。それだけで切なさが押し寄せて苦しい。
「…いえ、何でも無いです」
「……そうか。言いたくなったら言えよ」
見透かされているだろう。
それでも深く追求して来ないプロイセンの優しさに申し訳なく思いながら頷いた。
「取り敢えず皆静かに!席に着いてくれ。現状を整理したい」
背中で口喧嘩を繰り広げるイタリア兄弟を背負ったままドイツは若干疲れた顔で声を張り上げた。

騒いでいても何の解決にもならない。
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