10

目の前で星空が高速回転している。
ギルベルトは未だぼんやりとした思考で星の光が線になって伸びていく光景を眺めていた。
目の前でキクが消された。
その事実に耐え難く体中の血が沸騰したのを覚えている。
キクを奪った元凶が同じ空間に存在している事が許せなかった。キクが居ないのに、なんでアイツが此処に存在してんだ。と悲鳴ともつかぬ怒号を吐き出してからの記憶が朧気だ。
「こ、ここここここれは一体何事ですか!?」
シリアスに陥るギルベルトの隣から動揺を極めた声が聞こえて、ギルベルトは少しばかりげんなりした。
ギルベルトの足元で腰を抜かして座り込んでいたのは秘書A。超人的ポジティブ思考の秘書Aもこの状況には頭が追い付かないようだ。
「……お前」
「ヒィイ!?喋ったぁあああ!!」
一言ギルベルトが発した声に異常に反応する秘書A。
失礼な奴である。まるで怪物でも見たかの様なリアクションにギルベルトは思わず眉間の皺を刻む。怪物ならゴウリーという強烈なオネェが居るのに。
「後生でございます!!今はまだ召されたくないです!まだ普日の同人誌出しても無いし大好きな作家様の御本も手に入れてないんですよ!?こんちきしょう!!私の楽しみといえば日々祖国を崇拝し!秘書Bの鬼畜な仕打ちから逃げ!ゴウリーから祖国の貞操を毎夜守っていたんです!そして魔界に来てからはキク様のドレスからチラチラ見える柔肌と豊満なおっぱいに胸を馳せ!妙ちくりんな変態ゴーストから命を守りつつキク様の全てを余すこと無くカメラに収めてたのに未だ現像してマイアルバムにお蔵入りしても無いんですよ!?!?まだ死んでたまるかってんで〈ガッゴンッ!〉んがへ!?!?」
後半になるにつれてヒートアップしていき、ストーカーじみた事を喚き出した。しかし、突如何の前触れも無く秘書Aの目の前の空間が歪んだと思ったらニュルンとゴースト達が湧き出た。
その湧き出た勢いのままオレンジ色のゴーストハゲがプラカードの角で秘書Aの無防備な頭頂部を殴り、平たい面で横面を弾き飛ばしたのだ。
ズサァア!と床を頭からスライディングする秘書Aを心配する者は居ない。
「痛いじゃないですか!!角はやめなさいよ!なんか懐かしくなるでしょうが!!ってか何処から現れたんですかコノヤロー!!!」
頬を抑えながら飛び上がる様に身体を起こして抗議している秘書Aに向けて黄色のゴーストザコがハゲから借りたプラカードを脳天に叩きつけて追撃してみせた。容赦ないとはこの事だ。
「~〜ッ!!!ぁにすんですかぁあ!?質問に答えろ黄色いの!!」
最早涙目で怒り出した秘書Aに対し、ザコは清々しげにふんぞり返る。空かさずハゲがプラカードを秘書Aの眼前に掲げてみせたのを、秘書Aはプリプリしながらも律儀に読み上げた。
「何です?えー、と【誰が変態だこのド変態!ストーカー野郎!!】……えツッコミ?私に対する一方的な暴力がアンタ達のツッコミなんですか?これツッコミにしては些か激しくないです?やり過ぎでしょアンタ達」
目の前で繰り広げられるコントの様なバトルにギルベルトは目眩を起こした。コイツらが引き金なのは確かだが、先程力を使い過ぎた為立っているのがやっとの状態だ。
それにさっきから周りを流れていく星の筋に気分が悪い。
星の流れに身体が持っていかれそうになる。
先の見えない星の川の向こうへと…二度と戻っては来れない深い闇の永遠に流されてしまう。
そこまで考えて知らぬうちに足が一歩後退した。
「…、なんだ…気持ち、悪ぃ……ッ!!」
グラグラと今度は頭の中が掻き回されて気分が悪くなる。途端、ヤバいと思った時には倒れ込んでいた。
異変に気付いたゴーストと秘書Aは驚愕の表情で駆け寄り、ギルベルトの様子を窺いみる。
「ギルベルト殿!?どうしたんです!?」
ワタワタとする秘書Aとゴーストの姿を最後にギルベルトの視界はフェードアウトした。



多目的ホールに辿り着いた面々はそれぞれ好きなテーブルにつき、菊は日本、ドイツ、イタリア、ロマーノとテーブルについた。
ゴウリーは有無を言わさずイギリスを膝の上に乗せようとし、ぶちギレしたイギリス(ほぼ泣いてる)に【ほあた☆】で召喚されたナニかと戦っている。アメリカとロシアは何故か隣に座ってニコニコしているが、足元ではお互いの足を踏み付けようと乱闘が起きている。足元だけという起用さだ。
プロイセンはスペインとフランスと何やらゲスい話題で盛り上がり、中国と香港、台湾、ベトナム、タイ、インドのアジア組は菊の存在が日本に伝わる鬼では無いかと恐々と憶測を交わしていた。そんな会話が聞こえていたのか日本は中国を睨む事で菊の心境を気遣い、話題の摩り替えを訴えていたのだが中国は気にした素振りも無く「日本が我に助けてって言ってるアル…」と斜め上を行く思考で意思の疎通が出来ていない。

ザワザワと落ち着かない室内に痺れを切らしたドイツが「静かにしろ!話を始める!」と宣言した事で漸く静かになった。
イギリスは咳払いをすると席から立ち上がり、今回の魔術について話し出す。
「今回の魔術は俺と同じ類の転送魔法だと思う。向こうにもう一人の俺が存在し、菊とバケ…ゴウリーを此処に転送したと菊から聞いている」
「何で此処にゴウリーなら分かるけど菊まで飛ばされたんだい?」
アメリカの鋭い質問にイギリスはグッと詰まる。
その反応にロシアが純粋な笑みを浮かべながら追い討ちをかけてきた。
「もしかしてさ、もう1人のイギリス君の事だからまた魔法を暴走させて巻き添えにしちゃったんじゃないのかなぁ?ほんと迷惑だよね〜」
「なッ!?なんで分かるんだよバカぁあ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るイギリスに反応したのはゴウリーだ。ナニに勝ったのか鼻血を流しながらイギリスを背に庇いロシアを睨み下ろした。
「ちょっと!アーサーちゃんを何だと思ってんの!?アントーニョちゃんと喧嘩して魔法使ったらそれが外れたの!それがギルちゃんに当たりそうになったんだけどギルちゃんがヒョイッて避けちゃったからギルちゃんの後方に居たアタシ達乙女に魔法がクリティカルヒットしたのよ!!だから暴走じゃないわ!お分かり!?」
「「「……」」」
ゴウリーの剣幕と台詞に言葉を失う面々。
しかし、「え、暴走じゃない。どう違うの?」とロシアの口は言葉を失わなかった。
「ロシアちゃん!アンタ可愛い顔してるから贔屓にしてあげてたのに酷いじゃない!暴走じゃないのよ!アントーニョちゃんとギルちゃんが避けるからこうなったの!!アーサーちゃんの所為じゃないのよぉおお!!!」
胸に響く(物理的に)声でアーサーの弁護を熱弁するゴウリーにイギリスは鳥肌が止まらない。
「贔屓してくれなくて良いのになぁ。アメリカ君の所の子ってだけでもプチッてしたくなっちゃうのに」
「Hey、面白いじゃないか。俺の所出身だと問題なのかい?喧嘩なら買うよ?」
またもや冷戦を起こしそうになるアメリカとロシアを遠巻きにしていたスペインとプロイセンはお互いに顔を見合わせた。
「なあ、アントーニョちゃんとギルちゃんって俺とプーちゃんの事やんな?人名同じやし…どう思う?」
「マジかよ。やべえな……華麗に避けたって言ってたけど向こうの俺様も小鳥カッコイイじゃねぇか!」
「いや、どこに感動してんの。華麗とか言ってないし」
スペインの真面目な台詞にフランスは面食らっていたが、続いたプロイセンの台詞に思わず突っ込んだ。
「しかし、面白いよね」
フランスは頬杖をついてイタリアと楽しそうに会話する菊を眺めた。サラサラと流れる長い黒髪に赤い唇は何とも色っぽい。更に悪魔という男には堪らない設定が盛り沢山だ。ベッドの中ではさぞかし妖艶な小悪魔になるだろう。
「…イイ。うんうんホント面白…ガブァ!?」
フランスの鼻の下が伸び始めたところでスペインのトマトが口の中に捩じ込まれた。
「フランが面白い言うても菊ちゃんは堪ったもんちゃうで。酷いわ」
「お、お前……!お兄さんの一張羅にトマトの汁が着いちゃったんですけど!?あとこのトマト美味しいからあとで空輸して!もうお前がマトモな返答ばかりしてくるからお兄さん不安になっちゃう!」
自分の身体を抱き締めながら言いたい事を一気に言い放つフランスにスペインは「へーそーなん」と半ば対応が投げやりになった。面倒くさいと思ったのだろう。
「だいぶ話が脱線しちまったけど、あの菊って女を戻すにはどうすりゃいんだ?」
話の軌道を戻すプロイセンにスペインは「それやソレ!」と身を乗り出した。
「親分な、ラテンの血が騒ぐんや…。女の子は助けたらなあかんって」
無駄にキリッとした顔で告げる。
「お前それ男だったらどうなんだよ?」
「ンなもん決まっとるやん!知らんぷりや!可愛ええ子やったら別やけどな」
ドヤ顔が眩しいスペインにプロイセンの頬が引き攣るが、男には冷たいスペインらしいかもしれないと思い直し、そこでふと疑問が生まれる。
「なあ、向こうの世界に俺様とかスペインとか居るんだっつうならよ、何になってると思う?」
プロイセンの言葉にスペインもフランスもキョトンと目を丸くした後、眉を顰めて悩んだ。
「ほんとだ。凄い気になる……お兄さんはきっと薔薇の妖精とか美しい何かだと思うけど」
ウェーブした柔らかな金髪を指先で跳ねながら笑むフランス。
「フランは淫魔とかけったいなモンちゃうの?親分はトマト農家しといて欲しいわ」
サラッと辛辣な言葉を吐き、スペインは真っ赤に熟れたトマトを片手に微笑む。
「魔界に農家なんか無ぇだろ。あとフランスは淫魔以外有り得ねぇ!まあ、俺様は小鳥カッコイイ黒の騎士だろうな!!」
ケセセー!と胸をはるプロイセンにフランスとスペインは不満げに半目になってプロイセンに向き直る。
「騎士って…プーちゃんどこまで厨二なの。プーちゃんなら魔界でも一人寂しく自宅警備員かもしれないし」
「一人寂しく魔界の隅っこで芋栽培しながら自宅警備員しとるんちゃう?」
呆れと揶揄いが混じった2人からの言葉にプロイセンは唇を尖らせる。
「なんで自宅警備員なんだよ…しかも一人寂しくとか酷くね?」
そんないつもの悪友達の遣り取りを他所にドイツはいつまでも喧しい面々に溜息を吐いた。
「まったく…、すまないな菊」
菊の心境を思えば早く解決してやりたい事案なのに皆が皆自由過ぎて纏まりがない。ドイツの申し訳無さそうな表情に菊は眉を下げて頭を横に振った。
「いえ!、ル……ドイツさんが謝る事ではありません。それに、緊迫した空気よりも幾らか私も気が紛れているんです」
それが本心なのか分からないが、菊の纏う空気が柔らかい事からドイツは素直に頷いておいた。
「ねぇねぇ!向こうにも俺が居る?どんな奴かな?」
イタリアがドイツの肩にぶつかりながら菊に興味津々とばかりに問い掛けた。勿論「おいイタリア」と苦言を零すドイツをまるっと無視だ。
「イタリアさん……は、何方になるんでしょう?」
「え?……それって」
菊の返答にイタリアはくるんと眉を下げた。まさか自分だけ向こうに存在しないなんて悲し過ぎる。
「ケッ!バカ弟なんか後で良いだろ!菊、俺はどうだ?」
ロマーノはイタリア同様もう一人の自分について興味があったようで「酷いや兄ちゃん!」と訴えるイタリアを無視した。
そこで菊はハッと目を丸くする。
イタリアと同じ姿をした魔界の住人など見た事が無い。天界に居るのかもしれないが、どんな人物かと言われても説明出来ずに頭を悩ませていた。しかし、先程のロマーノとイタリアの遣り取りにあった兄弟を思わせる内容(顔が似ているとは思っていたが)に漸く魔界の人物を思い出せた。菊の無二の親友であり、ルードヴィッヒの婚約者でもある魔女のフェリシアーノだ。
「ロマーノさんはヴァンパイアです。あとイタリアさんは魔女ですよ」
「……魔女?」
魔女という単語に反応したのはロマーノだ。自分はヴァンパイアと聞いて「カッコイイじゃねえか」と心躍らせていたが続く魔女に目が点になる。
「わあ!凄いや!俺魔女だって!!魔法使いだよドイツー日本ー!ヴェヴェ」
嬉しそうに両手を上げて喜ぶイタリアにドイツと日本、ロマーノは何とも言えない顔で菊を見遣る。
「…すまないが、其方のイタリアは魔女で間違いないのか?」
ドイツの僅かに動揺した雰囲気に今度は菊の方がキョトンとなる。
「?、ええ。フェリシアーノさんと仰って魔女で私の親友なんです」
「ヴェ!菊と親友なんだー!嬉しいなぁ。ね!日本!俺達向こうでも仲良しなんだって!」
天真爛漫に笑むイタリアに日本は眩しさを覚えながら「そうですね。とても光栄です」と微笑んだ。
そんな2人を横目にドイツは疎外感を感じて少し寂しくなるが、菊に向き直る。
「では、其方のイタリアは女性という事か…」
「はい。とても素敵な女性なんですよ」
ドイツの問い掛けに菊は自分のことの様に嬉しそうに答えると、フェリシアーノが如何に素晴らしい女性であり魔女なのかを熱弁する。
好奇心旺盛に聞き入るのはイタリアと日本。ロマーノは何だか複雑な心境に手元の炭酸水を煽り、ドイツは向こうでの自分の婚約者であるという事に動揺し、顔を真っ赤に染め上げて固まってしまった。
「……あとフェリシアーノさんの淹れる珈琲は魔界一と言われているぐらい絶品で、勿論料理も素晴らしくて…はぁ……、思い出すだけでお腹が空いてしまいます」
うっとりとした菊にイタリアと日本もそこまで絶賛する珈琲と料理を是非口にしてみたい。と美食国家としての素直な気持ちが顔を覗かせ、思わず唾を飲み込んだ。
「その、1つ聞いても良いだろうか?」
ホワホワと思いを馳せる3人に少し戸惑いながらドイツは気になっていた事を尋ねる事にした。
「其方でのプロイセン……俺の兄貴なんだが、どんな人だろうか?」
「!、」
兄は現在、亡国ではあるが毎日ドイツと衣食住をこなし、偶に仕事の補佐をしてくれて、軍の助っ人教官として忙しく過ごしている。亡国だとしてもお役目御免だなんて有り得ない。
まさか向こうでプロイセンという存在が無いなんて事は無いだろう。もしそうなら胸が張り裂けてしまいそうだ。それでも尊敬する大好きな兄の事だからこそ、聞いておきたい好奇心には勝てなかったのだ。
しかし、ドイツの視線の先である菊はさっきまでの楽しそうだった雰囲気から悲しみを帯びた様な憂いを帯びた雰囲気にガラリと変わっている。
「……、」
「……菊さん?」
ドイツは口から空気しか吐き出せず、日本は嫌な予感に喉を鳴らした。
「ねぇ、菊?どうしたの?」
イタリアが眉を下げて目線を落とした菊に問い掛ける。
「…あ、すいません。少し感傷に浸ってしまって……」
「…感傷」
ポツリと往復した日本にドイツがハッと菊を見詰めた。
「コチラのプロイセンさんはギルベルトさんと瓜二つですね」
菊は眩しそうに騒ぎ立てている悪友トリオのテーブルを眺める。
そんな菊の眼差しとセリフに日本とドイツは言い知れぬ絶望感にドキリとした。
「あ、ごめんなさい。向こうでのプロイセンさん、ギルベルトさんの事でしたね。彼は……」
菊が気を取り直した様に日本達に向き直り、ギルベルトの事について語ろうとした時だった。

ーーーーバチンッ!!!!
「「「「!?!?」」」」

大きな破裂音と閃光。
突然の事に菊も化身達も皆その場で自身を守る様に屈んだ。
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