初掃除の夜が来た。
合流場所にはすでに他のメンバーが揃っていたようで、菊に一足遅れてギルベルトがその場に着くと、含み笑いをするアルフレッドがギルベルトに歩み寄る。
「何だい?菊に置いて行かれたのかい?君もまだまだなんだね?HAHAHA」
このヤロ…っ!1発殴ってやると拳を握った所でアントーニョがアルフレッドの頭に拳骨を落とした。
「いったー!酷いじゃないか!」
「あほ、人の事言われへんで?むしろギルちゃんよりアルの方が物覚え悪いんやからな!庭の肥料は間違えるし、違う品種の苗買ってくるし、余ったお金でおやつ買い食いしとるし…」
其処まで例をあげると、アントーニョは盛大に溜め息を吐いた。
アルフレッドは負けじと唇を尖らせる。
「で、でも、最近はちゃんとやってるじゃないか!除草剤と油を間違えなくなったし!オヤツだって1個だけにしてるんだぞ!」
「〜っこんアホ!除草剤と油なんか子供でも間違わへんわ!余ったお釣りは買い食いせんとちゃんと耳揃えて持って帰って来んかいっ!!」
クソガキャー!とアントーニョの怒りが振り切れた所でアルフレッドが慌てて菊の背後に避難した。
「菊!菊ー!助けて!アントーニョが怖いんだぞ!」
「ちょ、アルフレッドさん!ジジイを盾にしないでください!それに、アントーニョさんの言っている事は常識ですよ?」
BOOと膨れたアルフレッドの頭を撫でて、菊はアントーニョを「まぁまぁ」と落ち着かせる。
「アントーニョさん、アルフレッドさんがまた何かした時はこのジジイがたっぷりと説教を致しますので、此処は1つ怒りを収めて下さいな?」
【菊の説教】にアルフレッドはぶるりと震えた。菊の説教はえげつない。アントーニョの様にドカンと短く怒ってくれた方が断然マシだと思える。説教は長い時で5時間に及び、石畳の上に半ズボンで正座させられるのだ。少しでも身動ぐと膝の上に30kgの石を容赦なく積まれる。
「菊ちゃんの説教なぁ。そら効き目ありそうやわ〜。ほな、頼もかな?」
「NOOOOO!!嫌だ!アントーニョごめんなさい!言い付けはちゃんと守るよ!守るから俺を菊に売らないで!!」
アルフレッドは菊の背中から飛び出すとアントーニョにしがみ付き泣きついた。
菊とアントーニョは目を合わせると悪どい笑みを浮かべた。
ギルベルトはこの悪魔共。と胡乱げに見遣る。最初からアルフレッドがアントーニョに泣きつく様に言葉巧みに誘導したのだ。ギルベルトにはアルフレッドが少し不憫に思えてくる。誤って庭の木を引っこ抜いて森に捨てた事は黙っといてあげようと思った。
俺様優しいからな。と内心で自画自賛していれば、ギルベルト君と菊に名を呼ばれて振り返る。
「いいですね?貴方はただ見て慣れてください」
朧気な満月を眺めて、菊はギルベルトに言葉を吐いた。
「分かってる。何もしねえで、見てりゃ良いんだろう?」
菊の隣に立ち同じ様に月を見上げたギルベルト。菊の折れた腕は2日もすれば元通りに治った。当初はフェリシアーノとロヴィーノに随分と批難を受けたものだ。
「ギルちゃんは最初なんやから、見てるだけにしとき?存外酷いもんやしな」
「お兄さんは美しいモンスターだったら大歓迎なんだけどね。今回は醜いゴブリンでしょ?トーニョに譲るわ」
そこに、黒に近い茶髪に翡翠の目をした爽やかな男と金髪に軽いウェーブを揺らし、アメジストの目を細める美丈夫が居た。
「何でやねん、仕事せえやフラン」
「お兄さんのお眼鏡に叶うモンスターなら喜んで仕事しちゃうんだけどね」
お前眼鏡無いやん!とアントーニョとフランシスが緊張感も無く戯れる。
「おっさん達煩いんだゾ!ねえ菊早く行こうよ!」
戯れる2人の背後から、金髪に碧眼、眼鏡をかけた見た目にも若い青年、アルフレッドが菊に声を掛ける。
菊は手元の懐中時計を確認すると、スーツの内ポケットに仕舞う。
「では、行きましょう。お掃除です」
菊の声にアルフレッドとアントーニョは嬉々とした表情を見せ、フランシスは怪しく笑う。
雰囲気が変わった事にギルベルトは僅かに驚く。隣の菊は相変わらず無表情だったが。
「ギルベルト君、貴方は私からなるべく離れないで下さい。私の仕事をよく見て早く覚えて下さいね」
「分かってるって!何回目だよ!お前は俺様の保護者かよ!」
「おやおや、反抗期な息子はご遠慮願いますね」
クスクス笑う菊に舌打ちする。
暗い森を5人は駆けて行く。その速さは人間の速さでは無い。人外だからこそ馬よりも速く駆ける事が出来る。
数分で森を抜け出ると、静かな街を今度は歩きながらターゲットを探す。
今回のターゲットはゴブリンだ。

教会に警察から依頼があったのは、一昨日の事だった。刃物を持ったゴブリン達が集団で民家を襲い金品や食料を強奪した。その食料は人間で言う食料とは違う。
ゴブリンが持ち去った食料とは人間である。昨日は一応の見廻りをしても現れなかった。
だが、帰宅途中アルフレッドが待ったを掛けたのだ。鼻の効くアルフレッドが屋敷に向かって吹き込む風に乗って、血の匂いと腐敗臭を嗅ぎ取ったらしい。街の外ではあるのだが、随分と近くに居ると。
ゴブリン達が、根城を街の近くに構えたのはこの1週間以内の事だろう。今まで街に被害も無く、匂いでさえも感知出来なかったのだ。
ゴブリンは大きな群れで行動する。食料としてこの街から大人の人間を6人攫っている。それが一昨日だとすれば、今夜辺りに動きがあるだろうとロヴィーノは踏んだ。
今頃ゴブリン達はお腹を空かせた状態であろう。早急に手を打ち《掃除》しなければならない。
そして、その《掃除》を今夜実行する運びとなったのだ。

緊張感も無く、ギルベルトは大きな欠伸をする。無理も無い、朝は早朝から屋敷の仕事に従事し、合間に訓練と称して異常な量のトレーニングを課せらている。日付を跨いだ今は《掃除》の見学に駆り出されている。正直眠くて仕方ない。
欠伸をしているのはギルベルトだけでは無い。斜め後ろを歩くフランシスも小さく欠伸をしていた。
他の3人は眠気どころか平時と変わらない。アントーニョとアルフレッドは何処か楽しそうにも見える。
ウェアウルフは夜に強い。朝はギリギリまで寝ているが、夜になると一気に元気になる。
悪魔に至っては睡眠時間が極端に短い。30分寝ればよく寝た方だと聞かされた時は初めて悪魔との構造の違いを感じた。
悪魔と天使は食欲が無い。その代わり睡眠欲はある。天使であるギルベルトは人間と同様の睡眠時間を欲する。
悪魔ってチートじゃねえ?と胸中で呟いた。

街の中心部にある広場までやって来ると、アルフレッドが鼻を上空に向けてクンクンと匂いを嗅ぎだした。
その様子に動きを止めて、全員がアルフレッドを注視する。
「…うん、近いね。南西から来てる」
「南西ですか…街の外の南西といえば、山しか無かったですね、恐らく…」
菊は顎に手を当てて考え込む。途中で言葉を切るとフランシスを見遣った。
「えー、お兄さん?1人で?」
菊の視線にフランシスは嫌そうに抗議する。
「ふむ。では、アルフレッドさんと行って来て下さい」
「えー!俺もかい?」
今度はアルフレッドが抗議する。
「まあまあ、アルとフランは大役やで?菊ちゃんの言う南西の山ん中に根城があるって事やん?此処に来るんは下っ端の雑魚やで?根城のボスの方がオモロイと思うんやけどなぁ?親分が行こか?」
アントーニョの説明にアルフレッドは目を輝かせた。
「Wow!それは本当かい!?ボス戦行きたい!フランシス!行くよ!」
フランシスの手を掴み、南西の山に向けてアルフレッドが走り出した。
「え!?お兄さんまだ何も言ってないでしょおぉぉぉぉぉ!?」
フランシスの絶叫が遠くに消える頃、菊はアントーニョに礼を言う。
「ええって!菊ちゃん行かす訳にいかんやろ?催眠してもらわなあかんし。ギルちゃん見学やし?親分が行っても良かってんけど、山ん中やったら、火使えるフランと鼻の効くアルフレッドが効果的やもんな」
「アントーニョさんには、少しばかり負担を掛けますが《掃除》を宜しくお願い致しますね」
「親分に任しとき!菊ちゃんはギルちゃんと見学しとってもええんやで?」
「頼もしい言葉です。では、催眠をしてから、少しだけ見学していましょうか」
親分頑張んでえ!と意気込むアントーニョは柔軟を始める。
ギルベルトは中々止まない欠伸を繰り返していた。
「来ましたよ、ギルベルト君は少し下がっていなさい」
「あ?分かった」
菊の一歩後ろに下がると、菊は懐中時計を取り出した。
懐中時計が赤い色に光り出すと、辺りの景色の色が変わった事に気付く。
それは街全体に影響している様だ。上下左右何処を見てもまるで鈍い赤色の霧に覆われている。
「ギルベルト君、貴方にもこれと同等の術を覚えてもらいますからね。限定は街全体。街の人々には、催眠でぐっすり眠ってもらっています。アントーニョさん、いくらでも暴れて大丈夫ですよ?」
「おおきに!」
アントーニョが笑みを浮かべて一点を見つめる。その家の影から小さいゴブリンがワラワラと群れを成して現れた。
その数は40程だろうか。その手元には身体には似合わない長さのナイフを持っていた。尖った耳は大きく、鼻は顔のパーツの中で一番大きい。目は瞼が無いのかギョロリと丸い。ギザギザと尖った歯は黄ばんでいる。フランシスの言う美しいとは程遠い外見にギルベルトの眉間に皺が寄る。
3人を警戒しながら、ジリジリと歩み寄るゴブリンが嗄れた声で言葉を放つ。
「オマエラ、ジャマ、スルノカ」
「ジャマ、ジャマ、タベルカ」
「ソウダ、タベル、アイツラ、タベル」
「これは驚きました。まさか言葉を交わせるとは、些か知能の無い醜いお馬鹿さんだと思っておりました事、お詫び致しますよ?」
ニコニコと悪びれもなく、お詫びを言うが返って相手を煽っている。
「ナマイキ、アイツカラ、クウ」
案の定菊の言葉は反感を買った様だ。ゴブリンの言葉に菊はおやおやと笑う。
「残念やけど、相手したんのはこの親分やで?全員親分が消したるわ」
指の関節をボキボキと鳴らすアントーニョが菊の前に陣取ると、笑みを浮かべてゴブリンを見下ろした。
アントーニョの言葉にゴブリンが1匹襲い掛かって来た。
振り下ろして来たナイフをスッと左に避け、突っ込んで来たゴブリンの腹を右足で蹴り上げた。蹴り上げた箇所はアントーニョの爪先により貫通し、緑色の血が噴き出す。
「あーあ、汚いわぁ」
忌々しそうに呟くとゴブリンを右足に乗せたまま、横に振り切る。その反動でゴブリンの身体は2つに千切れて生き絶えた。
僅かに後退するゴブリンは数で押せとアントーニョに一斉に飛びかかる。
その様子にアントーニョの口元は楽しそうに三日月を描いた。

楽しそうに《掃除》をしているアントーニョを眺めながら、ギルベルトはまた欠伸をする。早く帰りたい。と半眼になる目を必死に開ける。
「次回からはギルベルト君にも参加してもらいますよ、ちゃんと見ていて下さいね」
「分かってる。にしても、トーニョの奴楽しそうだな」
目の前では、笑い声を上げながらアントーニョが右手に掴んだゴブリンを振り回しながら蹴散らしている。
既に生き絶えた死骸が辺りに散らばっている。10は超えただろうか?
「ストレス発散にもなりますからね」
無表情に散っていくゴブリンを見て、懐中時計を取り出した。
「まだ10分も経っていませんね」
「ん?早く終わりそうなのか?」
一歩前にいる菊に尋ねるが、表情は伺えない。
「この分だと、早いでしょうね。ただ山に向かったお二人の状況が分かりません。アルフレッドさんが居れば掃討は早いでしょうが、彼は気分が乗ると遣り過ぎますからね。フランシスさんが上手くリードを握っていれば良いのですが」
はぁ。と溜め息をつく菊は疲れた様に肩をトントンと手で叩いて解していた。
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