誰か俺様の胸の内を聞いてくれ。
偶然にも弟と好きな人が同じだって事が判明したぜ。
…あり得ねえ!あり得ねえだろ!?
いつ知り合ったんだ?っつうかルッツは何で菊の家に遊びに来てんだ!?俺様ルッツの所為でババア(マザー)に罰として買い出し要員にされちまったってのに!!抜け駆けかよ!!
…まあ、諸々の疑問をぶつけた俺様の気持ちは疎外感3割、嫉妬心7割だ。羨ましいって気持ちも…有る。素直に認める。
俺様の質問に答えたのはルッツ。リンゴの買出しを頼まれた日に菊と知り合ったらしい。ちょうど掌を怪我して帰って来た日だ。成る程な。だからルッツはあの日から様子が可笑しかったんだな。まさか初恋して帰って来るなんて、兄ちゃんとして弟の成長に喜んでやりたい。
だが、初恋の相手が菊とか…巫山戯んな!そんで年の差!お前歳上好きだったのかよ?それとも母親の愛情不足か??
何にせよだ!俺様の恋敵となったら、弟だろうが容赦しねえ。それに、菊だって俺様に気がある!…と思うし。多分。
負ける気がしねえぜ!いや、負けらんねぇ!

ウンウンと1人頷くギルベルトを前に、ルートヴィッヒの瞳は心底呆れた様に半眼に細まり、菊は小さく笑いを堪えていた。
「…変な人だが、悪い人では無いんだ」
「ふふ。ええ、存じておりますよ」
ルートヴィッヒは一応己の兄をフォローしてみるが、菊には必要無かった様だ。
しかし兄と菊との関係が雰囲気からして親しいのだと感じとれてしまい、何だか面白くない。仲が良いのは自分だってそうだ。と胸中で拗ねてみる。
「仲良いんだな…」
ポツリと零れ出た言葉にルートヴィッヒは慌てて自分の口を掌で覆い隠すも隣に座る菊には聞こえてしまっていた様で、彼女は目を瞬かせた後、ふんわり微笑んだ。
「ええ。仲良くして頂いてますよ。幼馴染みたいなものですし…」
幼馴染?ルートヴィッヒは記憶を辿るが、幼い頃に菊と遊んだ記憶も兄と菊が共に居た記憶も無い。まだ小さかったから覚えてない…にしても、断片的に記憶があっても良いはずなのだが、全く記憶に無い。
「…そうか」
覚えていないだけだろうかと納得する事にした。
正直なところ、菊と兄の仲の良いエピソードを率先して聞こうと思えなかった気持ちが大きい。
目の前の兄は先程から見るからに菊に対して好意的な表情を見せている。
孤児院にいる時とは目の輝きが全く違う。しかも菊と喋る時には声のトーンが1段階高いし、頬も赤い。
ルートヴィッヒはクッキーを一枚手に取り、チラリと隣の菊を盗み見る。
「!」
思わず手にしたクッキーを落としそうになり、心臓がヒヤリとした。
二人には気付かれなかった様でホッと胸を撫で下ろすが、何だか胸がチクリと痛い。
『…なんで、菊が笑ってるのに痛いんだ?』
眉を寄せてサクリとクッキーを齧る。
隣では大好きな菊が見たことも無い様な顔で笑っていた。頬を染めて、目を輝かせて、綺麗に、そして心底嬉しそうに…笑っていた。
ルートヴィッヒに見せたことの無い艶を帯びた表情に小さな胸が痛んだ。
『兄さんと同じだ…』
菊と兄の雰囲気が同じ。
『…菊も兄さんの事が好きなのか』
ルートヴィッヒは己の小さな手と兄の大きな手を見比べ、目を伏せた。
兄と比べるまでも無く自分の身体は小さい。隣の想い人である菊よりも小さいのだ。
「ギルベルト君、ハーブティーのお代わりは如何ですか?」
「ん?おう。あ、晩飯アレ食いてえ」
「ふふ。またですか?分かりました。2人とも沢山食べて下さいね」
「ケセセ!いつも残さねえだろ?」
「そうでしたね。次の日のパンが無くなる程には沢山食べて行ってくれますものね?」
「…わ、悪りぃ」
頬を指で掻くギルベルトにしょうがないと眉を下げて、それでも嬉しそうに笑う菊。
目の前で交わされる2人の会話。
そこには長い時間を重ねてきた2人だけしか知らない世界があった。
『…そうか』
思い至った思考はルートヴィッヒの失恋をも意味するのだが、何故だかこの2人が寄り添う未来が安易に予想出来た。
「菊、手伝うぞ」
「あら?では、お願いしますね」
「!?お、俺様も!何か手伝う!」
「えっ!?どうしたんです?」
バッと身を乗り出すギルベルトに菊は目を丸くして驚いている。いつもは手伝いなど買って出ない男が手伝うだなんて明日は雨だろうかと思案している菊の隣でルートヴィッヒはクッと口角を上げた。
「兄さんは邪魔だから菊と2人で良いぞ」
「…ッ!?ルッツひでえ!!」
ワーワー喚く兄をその場に残して菊の手を引きキッチンへと向かう。
菊は背後のギルベルトを気にしている様だが、大人しくルートヴィッヒに手を引かれている。
『兄さんばっかりズルイ』
大好きなオモチャを横取りされた時の心地に似た感情を誤魔化し、シャツの裾を捲り上げて、菊を見上げる。
「兄さんの事は放っておいて構わない。俺は何から手伝えば良い?」
「そう…ですか?では、ジャガイモの皮剥きをお願いします」
「分かった」
菊の細くて綺麗な手がトントンとまな板の上のケールを切り刻む。
ジャガイモの皮剥きをする手を止めて、思わずその光景に目を奪われた。
そっと手から腕、腕から肩、肩から首そして顔を順に見上げて行けば、菊の優しい表情がそこにある。
軽く伏せられた黒い睫毛の奥に光の加減で黒にも琥珀にも輝く神秘的な色。
差し込む光がまるで後光の様に、光のヴェールが菊を包み込んでいる様に見えた。無意識にルートヴィッヒの小さな喉はゴクリと唾を飲み込んだ。

ルートヴィッヒの視線に気付いた菊の瞳が此方を向く。胸がドキリと鼓動を高めたのを頭の隅で感じ取る。見ていた事への焦りからか、羞恥心からかルートヴィッヒの白磁の肌が赤く染まって熱を持つ。
「どうかされました?」
コトリと首を傾げて問い掛けてくる菊に更に頬から熱が放たれて行く。
「あっ…、いや!その…な、なんでもない…」
慌てて手元のナイフとジャガイモに意識を向けて、ドキドキと煩い心臓を誤魔化した。
そして先程から後方にいるギルベルトの不貞腐れた眼差しが突き刺さってくる。それには素知らぬ顔をして、胸中では舌を出す。
『俺だって本当は…』
その時が来るまで、菊が兄と寄り添うその時まで、今は菊との時間を独占させてほしい。

芽生えたのは小さな独占欲。
そして、ルートヴィッヒの幼き初恋。
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