「すっかり寒くなりましたね…」
「クゥン」
少し歪な石畳を歩きながら、季節の移ろいにしみじみ感想を述べた菊は腕の中の金ちゃんを見下ろした。
ワインレッドのローブの下には、祖母の手編みのポンチョとマフラーがある。ワンピースの下にも祖母手編みの暖かい長パンツ。靴下も祖母の手編みだ。祖母の手編みは衣服だけでなく、マットやベッドカバーにまで及ぶ。余程編み物が楽しいのか、菊の喜ぶ顔が見たいのか…、恐らく後者であろう。
祖母の愛を着込んだ菊が向かう先は中心地にあるパン屋さん。
こんな寒い中祖母に買いに行かせるだなんて出来ないと思い、こうして菊が金ちゃんの散歩込みで向かう事にしたのだ。しかし、その金ちゃんは菊の腕の中でぬくぬくとしており、散歩をしているのは菊の方なのだが…というのも、あまりの寒さに堪え兼ねた菊が金ちゃんで暖をとる事にしたのは外に出て5分後の事。金ちゃんを腕に抱いたのは菊の暖の為だった。


10分も歩けば、中心地にたどり着く。
大きな役場を横に、菊の視線は役場よりも大きな教会に向けられる。教会の裏手にある施設(孤児院)にはギルベルトが居る。
今日は教会の手伝いで外には出てこないと聞いていた為、少し寂しい。
聳え立つ教会の十字架を見上げて、今日も一日無事に過ごせる事を祈りパン屋を目指す。
パン屋に近付けば、鼻腔に香ばしく焼きたてのパンの匂い。隣接するコーヒー店からは焙煎されたコーヒー豆の匂い。
菊と金ちゃんの鼻先はスンスンと匂いを吸い込む。
「わぁ…!美味しそうな匂いですね」
「ワフッ!」
白い息を吐き出して、お互いに微笑み合うと、早速パン屋の扉前で金ちゃんを地面に下ろし、胸元や腕に付いた毛を払う。
流石に食品を扱う店の中に犬は連れて入れないし、服についた毛だって払っておかないと怒られそうだ。
菊はローブを脱いで腕に掛けると金ちゃんを見下ろした。
「直ぐ戻りますから、此処で待っていて下さいね。知らない人に着いて行ったら駄目ですよ」
金ちゃんの小さな頭を撫でて微笑めば、金ちゃんは心得たとばかりに小さく鳴いた。

パン屋の主人は菊の来店を大層歓迎してくれた。おまけだからとヴェッケル5個とラスク。隣の女将さんは眉を下げて呆れ顔だったが、菊の申し訳無さそうな表情に「良いんだよ!たんとお食べ!」と快活に笑ってくれた。優しい夫婦に丁寧に礼を述べる。
外に出れば、金ちゃんがお利口さんに店の外で伏せをして待っていた。
「お待たせしました。ちゃんと待てて偉いですね!お利口さん」
「キュゥン」
頭を撫でてくれる菊に金ちゃんは尻尾を忙しなく振って喜びを表現する。
足元で菊を見上げる金ちゃんに微笑み、帰宅する為歩を進めた。
菊の隣に寄り添う様に金ちゃんが歩く。歩幅に気を付けながらゆっくり歩いていれば、目の前で金髪の少年が項垂れている姿が目に入る。
その足元にはリンゴの入った紙袋。転んだ所為なのか、リンゴが何個か割れている。
「どうかされました?」
思わず菊が声をかければ、少年は菊を振り返る。美しい碧色に知性の深さを感じさせる顔立ち。何だか知っている人に似ているな…と胸中で驚いた。
「な、何でも無い…。荷物を落としてしまっただけで…」
少年は慌てて立ち上がると恥ずかしそうに頬を染める。
「お怪我は…、ああ、少し擦りむいてますね」
少年の手を取り、掌を見遣れば赤く擦り切れた痕。菊はポケットからハンカチを取り出すと少年の掌に手際良く巻いた。
「あ、有難う…」
「どういたしまして。差しでがましい様ですが、荷物お持ちしますよ?」
菊の申し出に少年は目を大きく見開いた後、バツが悪いとばかりに眉を下げる。
「それでは貴女が大変だ。それにコレは重いし…」
遠慮を見せる少年に菊はふんわり微笑むと、持っていたパンの紙袋を少年に持たせる。
足元の金ちゃんはジッと成り行きを見守っていたが、少年から香る匂いに鼻をフンッと鳴らしてソッポを向く。気に食わない匂いでもしたのだろう。
「なら、私の荷物をお願いします。私は貴方の荷物を持ちますので。それにこう見えて力仕事は得意なのですよ」
両拳を握りしめて微笑む菊に少年の空色の瞳が輝いた。
掌は痛いし、リンゴは重い。何より見知らぬ綺麗な女性ともう少し一緒に居たいと少年の胸中では花が咲く。
「あ、あの。有難う…、助かる」
「此方こそ、有難う御座いますね」
菊は少年の腕の中のパンを指差して笑うと、リンゴの袋を持ち上げる。
予想よりも重いリンゴに驚くも、日頃畑仕事で鍛えた腕力では問題無い。
「さ、案内お願いできますか?」
「も、勿論!こっちだ」
木枯らしが吹く村を菊と少年が並んで歩く姿は姉弟に見えた。



朝の掃除の時間。
ギルベルトは掃き掃除をしていた箒の手を止めて、雑巾片手に窓の外をぼんやりと眺める金髪の少年、ルートヴィッヒを見つめる。掌を怪我して帰って来た日からぼんやりとしている姿をよく見かける。確か1週間程前だっただろうか?何せあの日から弟は事あるごとにボンヤリとどこか遠くを見つめるのだ。
今日は目の輝きが一段と増して熱心に外を見ているようだ。窓の外に何かあるのだろうか?と疑問になり、弟の隣に並び立ち、同じ様に窓の外を見遣るが、何の変哲も無い石の塀の向こうに街並みが見えるだけだ。特筆するなら…木枯らしが吹いて、枯葉が飛んで行くさま。ギルベルトからすれば退屈な光景だが、弟には別世界が広がっているのだろうか?何それ興味しかない。俺様も見たい。とソワソワしてしまう。
「なあ!ルッツ…。…ルッツ?」
ギルベルトが呼びかけているのに、弟の美しい空色の瞳は依然と窓の外だ。
ギルベルトの声など届いていないかのようでもある。いや、事実届いていないのだろう。ポカンと開いた口はそのままで、頬は僅かに赤みを帯びている。
そこでギルベルトは風邪の引き始めどころか、風邪ひいてるんじゃないのかと訝しみ、弟の前髪を上に流し己の掌を小さな額に当ててみる。
「…兄さん。何の真似だ」
心配してやってるのに弟の呆れた顔にムッとなる。
「何って風邪でもひいてんじゃねえかって心配してやってんだろうが」
ったくよ。と唇を尖らせてみせるも、ルートヴィッヒは大きく溜息を吐いて返してきた。
『何処で教育を間違えたんだ』と少し後悔したのは内緒だ。
「さっきから何見てんだ?そろそろ掃除の時間も終わりだぜ?」
「む?そ、そうか。気付かなかった。今片付ける」
キョロキョロと目を泳がせるルートヴィッヒにギルベルトは眉根を寄せる。
「最近何か変だな?何かあったのか?ほら、お兄様に相談してみろって。直ぐに解決してやるぜー!」
胸を張って宣言すれば、ルートヴィッヒはまたもや大きく嘆息してくる。
「…兄さん、巫山戯ているとまたマザーに叱られるぞ」
ルートヴィッヒは頭を左右に振り、肩を竦めて踵を返し、そのまま背を向けて去っていく。その場にギルベルトを残して。
「え…、あれ?」
素っ気無い弟の反応に軽く…まあ、それなりに傷付き小さな背中が去って行くのを見送った。
「…もしかして反抗期か?」
「ギルベルト!またサボっているのですか!?」
ポツリとギルベルトが呟いた疑問は、背後から響いたマザーの怒声に掻き消される。
「サボってねぇよ!決めつけんなババァ!」
サボっていたのはルッツの方で、自分は真面目に掃除をしていた。しかし弟を売る様な事は言えない。思わず悪態を吐いたのも仕方ない。
ギルベルトが身の潔白に喚いたところで、マザーの怒りは治るどころか更に怒りを煽る形となり、結局罰として買い出しに行かされるハメになった。






ーーコンコンコン

少しだけ控えめなノックの音。
菊は口元に小さく笑みを浮かべると、ハーブティーの入ったポットをテーブルに置き、来訪者の応対にむかう。
キィと木製の扉が音を立てて開くと、扉の向こうには綺麗な金髪を風に靡かせる少年ルートヴィッヒが頬を赤く染めて立っていた。
「こんにちわ。ルート君」
柔らかく挨拶をすれば、ルートヴィッヒはピシッと背筋を伸ばす。
「こ、こんにちわ!あの!コレ!」
後ろ手に隠していた花を一輪菊の目の前に突き出せば菊の瞳は丸くなった。
「まあ!…有難う御座います。とても綺麗な花ですね」
白い花を両手で包み込む様に受け取ると、その花の芳香を堪能する様に鼻先を寄せてみる。
上品でどこか優しい匂いが鼻腔を抜けていく。
ルートヴィッヒは緊張した面持ちで、菊の反応をジッと待っている。
「これは…野菊ですね。とても嬉しいです。私と同じ菊の名前ですもの」
「良かった!あ、その、もっと綺麗な花をと思ったんだ…でも、お金持ってないから…野花で、すまない…」
パッと顔色を明るくしたが、直ぐに眉を下げて言葉尻も小さくなってしまう。菊程の美人に渡す花として野菊を選んだなんて失礼だろうか?今更ながらに不甲斐ない自分が恥ずかしく思った。
菊はキョトンとルートヴィッヒを見下ろしていたが、手元の野菊と気落ちしているルートヴィッヒを見比べてから、胸中で苦笑する。
「野花だって、野花特有の美しさがあるのですよ?野花は人の手無しで気高く咲きますし、とっても強いんです。それに、もうすぐ冬が訪れるのに、花を探して来てくれたルートさんの気持ちが何よりも嬉しいのですよ。有難う御座います」
ふんわり微笑んだ菊に気落ちしていたルートヴィッヒの気分は急上昇した。
後ろめたい気持ちが綺麗に霧散していく。
こうして此処3日ほど、ルートヴィッヒは菊の手の空く時間帯に花を持って訪れている。
菊は基本的に畑仕事に精を出し、畑仕事が終われば内職に励んだり、祖母の編み物を手伝ったりとしていた。日々のスケジュールを確認したルートヴィッヒにぬかりは無い。だからこそ、こうして菊が休憩に入る時間を狙って訪ねているのだ。休憩時間ならばゆっくり話が出来る。ルートヴィッヒにとって、菊の包み込む様な優しい微笑みは聖母の様でとても安心出来る存在になっていた。
家の中に促されて、少しドキドキしながらダイニングの木製の椅子に座る。
するとテーブルの上には焼き菓子とハーブティーのセットが用意されていた。これも此処に訪れる様になってから菊が準備してくれているものだ。
そこでルートヴィッヒは2組しかないセットに目を瞬かせる。
「菊、今日お婆さんは?」
「今日は隣家の奥さんに編み物を教えているんですよ。最近は村でも評判になってて、編み物の依頼がくるぐらいです」
嬉しそうに笑う菊を前にルートヴィッヒの緊張が増す。
要するにこの密室には菊と二人だけなのだ。思春期を迎える少年には少し刺激が強いのかもしれない。
「そ、そうか!…ふ、ふふふ二人になるのは…その、初めて…だな」
真っ赤に染めた顔を誤魔化す様に窓の外へと視線を投げるが、足元から「ワンッ!」と鳴き声が聞こえてくる。
ルートヴィッヒが足元に目を向ければ金色の仔犬が不快だと言わんばかりに鼻頭に皺を寄せて睨んでいた。
そうか、金もいたんだ。と今更ながら仔犬の存在に気付き、バツの悪さから頬を掻いた。
「す、すまない。お前も居たな」
「プンッ」
素直に謝れば仔犬は鼻を大きく鳴らしてソッポを向く。機嫌を損ねてしまったようだ。どうもこの仔犬とは馴れ合えない。悪い事をした訳でも言った訳でも無いのだが…少し傷付く。
そんな遣り取りに気付かない菊はハーブティーをカップに注ぎながら小さく笑う。
「本当はもう一人、来るんだったんですけど…、今日はもう来ないのかもしれませんね。約束の時間からもう2時間も過ぎてしまってますから…」
「え…」
残念そうに笑う菊にルートヴィッヒの胸は嫌な音を上げる。菊の憂いを帯びた微笑みは見た事が無い。その約束の相手は友人だろうか?それとも…
「ッ、そうか…」
恋人なのか?とはとても言えそうにない。
「クッキー沢山食べてくださいね」
「うん。ありがとう…」
焼き菓子はクッキー。
一枚手に取って食べれば、ルートヴィッヒの碧色の瞳が輝いた。
胡桃を砕いて生地に混ぜたもの、ハーブをアクセントに焼いたもの…シンプルながらも素材の味を生かしつつ、絶妙に甘さと食感を主張するクッキー。美味しい。
「美味しい」
「良かった…!さ、ハーブティーもどうぞ」
淡い黄緑色のハーブティーを口に含む。
爽やかなハーブの香が鼻を抜け、口内に広がるのはほんのりと甘いはちみつ。
「…甘い」
「そのままだと飲みにくいので、はちみつを入れてみました。ミルクもありますよ?」
「いや、はちみつで良い。…美味しい」
席を立とうと腰を上げた菊を呼び止めて、もう一口飲めばより甘さを感じる。意識してはちみつが入っていると思えば、さっきよりも甘さが際立つ気がした。
「昔…私がまだルート君ぐらいの時、はちみつ湯を飲んでいたんですよ」
「そうなのか。俺もはちみつ湯は好きだ。確か、俺の兄も好きだったと思う」
今思えばギルベルトもはちみつ湯を飲んでは、少し切なそうな眼差しをしていた。「はちみつ湯が嫌いなのか?」と問えば「いや、好きだぜ」と返答があり、妙な兄だと思った記憶がある。
あの時は孤児院に引き取られて3度目の春を迎えた頃だった様に思う。
「ルート君にはお兄さんがいらっしゃるんですね!どんな方ですか?優しいですか?」
「…その、…兄は優しくは無いかもしれない。厳しい時が多いし、喧しいし…」
あの騒がしい兄の優しさなど感じたことが無い。どちらかと言えば厳しい。掃除のやり方にしたって、一切の妥協は許してくれないし、転んでも直ぐに立ち上がれと言われた事だってある。厳しい以外ではいつも恥ずかしい思いをさせられるのだ。
「あら?意地悪なんですか?」
「違う!兄は意地悪では無いぞ!…その、少し騒がしいというか、煩い人で、でも、頼りにはしている…」
「…ふふ。とても良いお兄さんなんですね」
「む、そうだろうか…」
菊はルートヴィッヒの歳を思い、優しいかどうかを問う事が難しい質問だったと反省する。本当の【優しさ】など、まだ分からないだろう。
しかし「意地悪なのか?」と問えば、ルートヴィッヒは必死に兄を庇う様な態度を見せた。そして頼りにしていると信頼を寄せてもいる。その態度から兄を慕ってはいるのだと予測出来た。
兄が騒しく煩いのも、ルートヴィッヒの落ち着いた性格を思ってなのかもしれない。孤児院でルートヴィッヒが控えめな性格なのをいい事に揶揄されない様に、己が矢面に立って振舞っている所為なのだろう。そして厳しいのは兄なりの親代わりとしての教育の一環とも取れる。不思議と菊にはそんな孤児院での兄弟関係を憶測出来た。
きっとルートヴィッヒの兄がギルベルトに似ていると思ってしまったのが大きい。
そのギルベルトは今日、菊の家を訪ねてくる筈だったのだが、約束の時間に来なかった。忘れているのか、それとも急用でも出来たのか…。
確認の仕様も無い、2時間も過ぎているなら、今日はもう来ないと思う方が良いだろう。残念だが、ギルベルトの為に焼いたクッキーは最近遊びに来てくれる様になったルートヴィッヒに食べて貰おうと自己完結する。
目の前でサクサクとクッキーを食べ進めるルートヴィッヒに微笑み、温くなったハーブティーを飲んだ。



罰として言い渡された買い出しが想像よりも手間取り、菊の家に行く時間がかなり削られてしまった。約束をすっぽかしたと菊は怒っているかもしれない。でもこうして菊の元へと向かうのだから理由を話せば許してくれる筈だ。せめて何か手土産をと、花を一輪手に持っている。吹き付ける風に折れてしまわない様に両手で囲いながら歩く。
菊は花が好きだ。きっと喜んでくれるに違いない。
菊の喜ぶ顔を思い浮かべるだけで、ギルベルトの頬は緩み、ポカポカと胸が暖かくなる。本来なら暖かい部屋で菊と二人きりの時間を過ごせた筈なのに今朝の罰の所為で台無しだ。
「ちぇっちぇー。俺様悪く無えのによ…あのババァ」
はあ。と大きく溜息を吐き出せば、モワッと白い吐息が視界を邪魔する。
そのまま視界を上へ。灰色の雲が流れていくが、太陽は雲の向こうで光が差す事は無さそうだ。それにあと2時間もすれば辺りは暗くなってしまう。
そう思えば自然と足は早くなり、菊の家までの道を急いだ。


菊の家が見えてくると、優しく微笑む菊の顔が頭を過る。早く会いたい。
逸る気持ちを抑えて、大きく深呼吸を繰り返す。どうか菊が怒ってませんように!と願いながら、木製のドアをノックした。
ーーコンコンコン!
中から木製の板を鳴らす靴音が近付いてくる。ギルベルトは居住まいを正して、花を胸の位置に構えた。
ガチャと扉が開き、菊の眼前に花を突き出した…
「ん?」
つもりだったのだが、何時もの目線よりも下に金色の頭がある。それはとても見慣れた頭…髪質…髪型。
目をパチパチと瞬かせていれば、金の髪を持つ少年が驚いた声を上げた事により、ギルベルトの思考が正しく回転を始める。
「兄さん!?何で!?」
「あ?…ってルッツじゃねえか!?お前こそ何してんだよ!?」
一瞬家を間違えたのかと己の記憶を疑ったが、どうやら違う。しかもこの少年は己の弟だ。
「!兄さん、その花は…」
「んあ?あー、これか?これは…だな、その…」
まさか弟に片想いする相手に贈る花だと説明し難い。少し恥ずかしいのだ。
「ルート君?どなたかでした…え?」
家の奥からギルベルトの恋慕の相手、菊がやって来る。
菊はまさか訪問者がギルベルトだとは思わず目と口を丸く開けて固まってしまう。
「あ、よう…。遅くなって、悪りぃ」
弟の手前少し恥ずかしいが、菊への想いは隠しようも無い。
手にしていた花を菊に差し出せば、またまた大きく目を見開く。目玉が零れ落ちてしまわないか心配になる。
「…これ、野菊」
菊はそっと花を受け取ると、ふふふと笑みを浮かべた。一体どうしたのかとギルベルトが不思議に思っていれば、今度はルートヴィッヒが顔を赤くしている。
何故花を受け取って笑うんだ?
何故関係の無い弟が頬を染めるんだ?そして何故弟がこの家に居るんだ?
疑問に思う事は沢山だ。
「菊?何がどうなってんだ?」
「そうですね…、この花を戴くのは今日で2回目という所でしょうかね」
また笑みを深める菊は可愛い。可愛いのだが、ちょっと待て。今2回目と言わなかったか?誰に貰ったんだ?そいつ絶対殴ってやる。と物騒な事を考えてしまう。
「…2回目って、誰に貰ったんだよ?」
「あ、それはこち「俺だぞ。兄さん」…え?兄さん????」
菊の言葉を遮り、ずいっと菊の前に割り込んで来たのはギルベルトの弟ルートヴィッヒだ。
ポカンとするギルベルトよりも驚いた顔をしたのは菊だ。
まさかルートヴィッヒの騒がしい兄がギルベルトだと誰が予想しようか。
「ンだよ、ルッツか。で?ルッツは何で此処にいやがんだ?」
眉間の皺を寄せて弟を見下ろせば、弟は目をウロウロと泳がせてバツが悪そうだ。
「とりあえず、中に入りませんか?寒いですし」
菊が両腕を温める様に撫で摩る姿に、玄関先でしかも扉が開け放たれたままだった事に漸く気付く。
「あ、悪りぃ」
慌てて中に入り扉をしっかり閉めれば、外気の冷たい風は止み、室内の暖かい温度がじんわり伝わった。
「今、ハーブティー淹れますね」
野菊を手に、菊は機嫌良さげにキッチンに向かって行く。
ルートヴィッヒは菊の後ろ姿をボンヤリと熱のこもった目で見つめている。そこで、ギルベルトは嫌な予感に口を開く。
「ルッツ、お前もしかして菊が好きなのか?」
「兄さん、もしかして菊の事が好きなのか?」
2人が疑問を吐き出したのはほぼ同時だ。
ギルベルトはまさか弟が恋敵となるなんて予想打にしなかった。
兄弟揃って同じ人を好きになるとは…。

「マジかよ…」

その場で頭を抱えたのも同時だった。
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