悪魔にとって黒は至高。
その黒を生まれ持った悪魔は魔界一美しいと渇望される。
本田菊。彼は艶やかな黒い髪、黒い瞳、黒い蝙蝠のような翼に、黒い尻尾を持って産まれてきた至高の悪魔であった。

「誰も彼も黒が美しいなんて、頭が可笑しいんじゃありません?」

実は菊にとって、黒とはなんの面白味も無い地味な色という認識しか無い。周りの者達から美しい、羨ましいと渇望されていても心動かされる事なんて無かった。
寧ろ、金色や亜麻色の髪、碧色に翡翠の瞳を持つ者達の方が煌びやかで美しいとさえ思っている。

菊は不満気な顔を隠すでも無く、人間界の夜空を宛てもなく飛んでいる。
魔界に居ればただでさえ落ち込んでしまうのに、齎された報せに魔界に居るのが嫌になったのだ。その事が切っ掛けで一月前から人間界に移り住んだ。
だが、悪魔である菊は種族を越えて、良くも悪くも他を惹きつける容姿をしていた。誰一人【本田菊】そのものを見つめてはくれない。
「“わたし”は“わたし”なのに…」
独り言ちても返答などあるはずも無く、頬を掠める風の音しか聞こえない。その中に潮を含んだ風を感じ取り、目線を暗闇の向こうへと向ける。
「…海、久々に行ってみましょうか?」
そう思い至り、翼を大きく羽ばたかせて海へと向かった。

ザザァと波が岩肌を打ち付けては爆ぜる音。
荒々しい波に菊は眉を寄せる。
菊の思い描く海とは、砂浜であり、波打ち際でお山座りに黄昏れるつもりであったのに。こんな断崖絶壁では雰囲気も何も無い。昨夜放送していた人間界のサスペンスドラマみたいじゃないか。予想外だ。
大きく嘆息して、仕方ないと崖の上に腰掛ける。ブラブラと足を投げ出し、大きな溜め息を吐いた。
「はぁ…。本当にままなら無い事ばかりですね」
菊の悩みは容姿故の事ばかりだ。しかし今回魔界から逃げ出した切っ掛け、それは魔界の王たる魔王の200人目の妾としての話がきたからだ。
魔界の王たる存在の妾、光栄な話だ。だが、菊は性別的には男性体。子供を成せない体である。
この話、完全なる魔王の嗜好じゃないか。冗談じゃない。
「〝黒を持つお前だから男でも良い〟なんて…ふざけんじゃねぇですよ」
どうせなら魔王がボンキュボンとまではいかなくとも、お淑やかな女性体だったなら…と詮無いことを考えた。
どれだけ菊の容姿が魔界一の麗人だと口説かれようとも男が男に求められても困る。ネコになるつもりなんて毛頭無い。魔王の背丈は3メートルに及び、筋肉ダルマだ。そんなバケモノのアレなんて…菊はそこまで考えるとブルリと身体を震わせた。
「いやいやいや!無理でしょ!?裂けますよね!?裂けるどころか内蔵が潰されますよ!!アホですか!!」
怒りを存分に込めた握り拳は空を切ってシュッと短く鳴る。
菊の体型は男性にしては小柄であり、筋肉も目立たない。喋らなければ女性体に間違われさえする程に。
力無く突き出した拳を広げて、己の全く目立たない胸筋に当てて見つめる。
「ぐぅ…っ!私だってマッチョになりたいのに」
薄い胸板を掌でそっと撫でて落胆の息を吐く。
そこで在るものに気付いた。
菊の前方には灯台があり、更に後方には教会らしき建物が見える。ぼんやり暗い中に模る形。
あれは…忌々しい十字架だ。
嫌なものを見つけてしまったと後悔したが、今更移動するのも面倒だ。そのまま視線を上空に広がる星空へと向けた。
三日月に曇り空。雲の隙間に小さな星空が垣間見える。特に美しい景色も無く、感慨に耽る心地になるどころか、更にナイーブな気持ちが割増しとなり、期待外れという感情しか湧かない。
こんなサスペンス的な場所で一人、何をしてるんだろうと賢者タイムに陥る。
今日は感情がコロコロと変わる。そんな自分が惨めで煩わしい。
どうせこの先も一人で【黒の悪魔】として生きていくのだろう。何千年も気が遠くなる程に。
人間の世界でこの寿命を隠していくのも無理があるし、隠し続けるのもかなり面倒だ。
いっその事、全てを諦めて受け入れてしまおうか。魔王とのアレコレさえ我慢すれば…我慢出来るかどうかの話では無いかもしれないが、どうにかするとして、何不自由無く暮らしていけるのだから、人間界よりはマシかもしれない。
「…帰りましょうかね」
思わず思っていた事がポツリと漏れた瞬間、バサリと羽音が背後で聞こえ、菊は驚きに目を丸くした。
「もう帰んのか?ゆっくりしてけよ」
気配も何も無い空間に突如現れた気配。頭上から降ってきた声にギョッとし、振り返ろうとした刹那、背後から羽交い締めに拘束される。
「ッ!?、何者です!!」
「ケセセッ!!お前超ちっせえ!!」
何とか拘束を逃れようとするが、己の身体に巻き付いた白い腕は太く逞しい。ガッチリと羽交い締めにされている為、逃れるのは無理そうである。
更に問題なのは、この男、息をする様にディスって来た。菊が【かなり気にしている事ベスト3】に入る事をだ。
「〜ちッ小さいとは何ですか!?離しなさい!!」
「離してやっても良いけど、逃げんなよ?」
随分と上から目線な物言いだ。
沸々とした怒りが湧くが、とりあえずは離してもらいたい気持ちが大きい為、素直に頷いておく。此処は人間界。男は人間の確率が高い。拘束さえ逃れてしまえば此方のもの。胸中でほくそ笑む。
スルリと拘束していた腕が離れて行くと、菊はここぞとばかりに地面を蹴って空中に体を投げ出す。
「!?…オイ!!」
幸い崖上だった為、飛んで逃げれば訳もない。
バカな男だと嘲りながら振り返れば、何と眼前に大きな掌。
「ーーッ!?…え???」
動転して固まるが、大きな掌は遠慮無く顔面を鷲掴みにしてくる。
「だぁから、逃げんなって!っつうか逃す訳無えんだけどな」
指の隙間から見えた男の紅い眼差しはギラギラと輝いて、顔は美しいのに凶悪に歪み…そう正に悪魔。しかし、菊が男の顔に驚くよりも更に驚いたのは男の背中にある白い翼だった。
「て、天使!?」
「あったり〜!!」
ニヨリと笑む男は至極楽しそうに肯定すると、目をスッと眇める。
「良し!お前とりあえず寝とけ。な?」
「!?何でッーー」
菊の言葉を遮り、ムカつく程にやけた顔を最後に意識が途切れてしまう。

ドサリと腕の中に落ちた黒い悪魔を見下ろし、白い天使は嬉しそうに笑った。




ーーカチャリ
陶器が小さくぶつかる音に深い眠りから意識が浮上する。
鼻腔を擽るのは焙煎された珈琲と甘い焼き菓子の香。
「ん…」
パチパチと目を瞬けば意識がハッキリとしてくる。
視界には見慣れない質素な室内と白いシーツの海が広がる。どうやらベッドに転がされていた様だ。
此処は何処だろう?と思考が働き始めたと同時に、視界の端から影が顔に掛かった。
「やっと目ぇ醒めたか?」
覗き込む様に顔を近づけて来るイケメンに菊はギョッとし、慌てて身体を起こすと距離を取る。が、それより先に男に腕を引かれ、うつ伏せに押さえ込まれてしまった。というよりも些か乱暴に捩じ伏せられたという表現が合ってる。関節を決められているのだ。とっても痛い。
「痛ッ!…ッ天使!離せっ…!!」
「俺様は天使だが、天使って名前じゃ無えぞ。ギルベルトだ。ギルベルト・バイルシュミット。お前は?」
誰が教えるか。口を噤んで無視すればギチギチと関節に圧をかけられて絶叫した。天使なんて嘘だろう。鬼だ。
「おい?俺様がちゃんと名乗ってんだろうが。社会的マナーはどうした?あ?」
「ヒッ!…き、菊です…!」
背中に乗り上げて凄みを効かせる男に菊は苦痛と恐怖が綯い交ぜになり、眉をギュッと顰めた。
「…いっ、一体、何のつもりですか?」
弱味を見せるな。と自分に言い聞かせ、努めて冷静に質問する。
ギルベルトはニンマリ笑むと、顔を菊の耳元に寄せてきた。大変近い。
「お前に助けて貰おうと思ってよ」
助けを頼む態度では無い。菊はキッとギルベルトを睨み上げた。
「私が?貴方を?冗談でしょう。私は悪魔ですよ?」
嘲る様に口元を歪ませる。
だって何のメリットがあって悪魔が天使を助けるのだ。悪魔と天使は対立関係にある。
「悪魔じゃ無えと俺様を助けらんねぇんだよ」
「…は?」
ギルベルトは拘束した菊の背筋に指を這わせると背骨を辿る。
「ちょっと!?」
突然の行動に驚き声を上げるも、ギルベルトはクスリと小さく笑うだけで、指先は滑らかなシャツの上をスルスルと滑って下へと向かう。
やがて菊の尻尾へと行き着くと尻尾の付け根に爪先を立てて刺激してきた。
「っ!?ちょっ…!んっ!やめ…っ!!」
刺激された尻尾の付け根から背筋を駆け巡る様に電流が走り、ゾワゾワと鳥肌が身体を覆う。思わず出したままの羽根が縮こまる。
「エッロ!お前スゲエ敏感だな」
「やっ、やめっ!!」
ビクビクと拘束されていても跳ねる身体。それが悔しくて恥ずかしい。
「やめて欲しい?じゃあ、俺様のお願いも聞けるよなぁ?」
悔しい!悔しい!!!
それでも這い寄る悦楽から逃れたくて必死に頭を縦に振る。
「わっ、分かりっましたから!!!だから!やめてっ!!ンッ…!!」
「ちぇっちぇー。何だよ早えな」
つまらないとばかりに唇を尖らせながら、ギルベルトは菊の拘束を解いた。
自由になった菊は腰に力が入らない事に気付き、逃走する事を諦める。何より拘束を解かれても己の大事な尻尾はギルベルトの掌の中なのだ。
荒い呼吸を整えながらギルベルトに警戒心剥き出しの目を向けるが、何故かギルベルトは楽しそうに笑みを深めるばかりだ。
「威勢が良いのは好きだぜー」
「…私は嫌いです」
「嫌よ嫌よも何とやらってな!」
「アホですか貴方。嫌なものは嫌なんです」
バサリと斬り捨てる菊の応答にギルベルトは気分を害する事も無く「ま、良いか」と尻尾で遊びだした。
ギルベルトの掌でぐるぐると振り回される己の尻尾の先に冷や冷やする。
引き千切られたらどうしよう。それとも噛まれたりしたら…嗚呼どうしよう。この天使怖い!と気が気じゃない。
青褪める菊を気にした様子も無く、寧ろ分かっていて尻尾の先をピシッと菊へと向けて来る。
「まぁ早い話、俺様は天使を辞めてえ」
悪魔に対するお願いとして、天使を辞めたいとは一体どういう事だろうか?
思わず菊はポカンとしてしまった。
そんな菊の表情にギルベルトは眉を顰めると、ペシッと尻尾の先で菊の額を打った。
「あいたっ!」
「冗談じゃ無えぞ?マジだかんな!」
「〜ッ、…それで?私みたいな悪魔にどうしろと言うのです?言っときますが、何も出来ませんよ?貴方の神様にお願いする方が早いのでは?」
ふぅ。と鼻息を鳴らしながら尤もな意見を言う。ちゃっかり尻尾を奪い返そうとした手はギルベルトによって阻まれてしまった。
「お前な、それが出来たらお前を捕まえる必要なんか無えだろ?それが出来ねーからお願いしてんじゃねえかよ」
はて?お願いとは?上から目線で言われるのがお願いの仕方であっただろうか?否!そんな訳無い!
「あのですね?お願いするなら、先ず態度を改めて頂けます?貴方のは脅迫と言うんですよ。仮にも天使でしょうが」
思わず半眼になってしまうのも仕方ない。実は天使の姿をした悪魔でした!と言われる方が納得する。
「脅迫とかしてねえし!ちゃんとお願いだって言ってんだろうが!」
言葉尻と同時にギュッと尻尾を握り込まれ、「んぎゃ!!!!」と声が出る。
何て力で握り込むのだこの男!!!
「お?悪りぃ悪りぃ」
「〜ッ!」
少しも誠意を感じない謝罪に菊は涙目になる。しかも尻尾を未だに離そうともしない。今日は本当に厄日だ。海に来るんじゃ無かった。あの時場所の移動さえしていれば…今更後悔しても遅いが、どうしても悔やまれる。
「…はぁ。それで?私にどうしろと?」
大きく嘆息してモヤモヤする感情を二酸化炭素ごと吐き出すとギルベルトに自分は一体どうしたら良いのか問うた。
「おう!俺様は堕天使に堕ちてぇから協力しろ!」
「…は?」
二度目のポカンである。聞き間違いだろうか?自ら進んで堕ちるというなんて、言っては何だが頭可笑しいんじゃないか?と少し心配(笑)にもなる。
「だーかーらー!俺様に協力して堕天使にしてくれっつってんの!!」
「え…と、あの?1つお窺いしても?」
「ん?何だよ?」
「何で堕天使になりたいんです?堕天使に堕ちるともう二度と天界に戻れませんよ?」
堕天使になれば堕落した者と烙印を押され、天界から追放されてしまうのだ。
二度と古巣に戻るなんて出来ない。
「あ?そりゃそうだろ。戻るつもりなんかハナから無えし」
フンと忌まわし気に鼻息を鳴らすギルベルトは、菊の尻尾をまた振り回して弄び出す。
「じゃあ、何で堕天使に?」
いい加減尻尾を返して欲しい。振り回していてもヒュンヒュン空を裂く音が鳴るだけで何も面白い事なんて無いのに。寧ろコッチの心臓がヒヤヒヤだ。他人の尻尾を何だと思ってるんだ。そんな思いを抱きながら冷静に質問する。
「んー。…まあ、第一に退屈だし、甘ちゃんばっかだし、頭の中お花畑なアホしか居ねえし。俺様には反りが合わねぇ」
第一の理由が大した事無さ過ぎて口端が引き攣る。この男、大丈夫(子供)か。
「…あの?悪魔が言うのも何ですが、そんな理由で堕ちるのはどうかと…。もっとご自分を大事になさった方が良いですよ」
「うわ。マジで悪魔の台詞じゃ無え」
言葉とは裏腹にギルベルトは何処か嬉しそうに笑むと、3本の指を立てて菊に天使の成り立ちを話し始めた。
「まあ、俺たち天使は主である神の創作物だ。天使が堕天使に堕ちるには3パターンある。それが、高慢によるもの。嫉妬によるもの。自由な意思によるもの。まあ、神を愛せない俺様は自由な意思によるものに分類される。みんな神を愛するように作られるけど、自由な意思を持つ俺様は違う」
菊には特に興味も無い話題だった為、時折相槌を打ちながら右から左へと聞き流していく。
「自由意志で天使を辞めるにしてもよ、ぶっちゃけどうしたら堕落すんのか分かんねえ。そこでお前の助けが必要になるって訳」
ビシッと尻尾の先を鼻先に突き付けられて思わず目が丸くなる。いい加減尻尾を返してくれないだろうか。
「…成る程、堕落する方法を教えろという事ですか」
「理解が早くて助かるぜ」
喜々とした表情を見せるギルベルトに菊は大きく嘆息した。
「では、人間を貶めてみるのはどうです?」
「貶める?どうやって?」
ふむ。とギルベルトは菊の尻尾を解放すると腕組みをした。
戻ってきた尻尾を胸元で両手に包み込むと少しばかり距離をとる。
しかしベッドの上、大して距離もとれないどころか離れた分以上に興味津々とばかりの表情でギルベルトが距離を詰めてきたのだ。隣りに座っているのに太腿と腕が密着している。近過ぎだ。
「…、まあ良いでしょう。堕落させるなんて簡単ですよ?物事の良いか悪いかで迷ってる人間の耳元で囁くんです。【欲望に忠実になりなさいな。楽になりたいでしょう?】って」
人間という生き物は単純だ。
良い事、悪い事の判断割合で言えば、大半が2:8。有利な方向に物事を運びたいと考えるものだ。根っからの善良な人間は割りの合わない2割に傾く。
「…そっか!分かった!!」
ギルベルトの快活な返答が部屋の壁に反響して少し耳に痛い。
しかしギルベルトのなんと理解力の高い事か。この後この天使がどうなろうが知ったこっちゃ無い。菊は感慨深い思いで「頑張って下さいね」と他人事の様にエールを送った。

が、

ドサッと背中に硬いベッドの感覚。
「…あれ?え??」
混乱する頭で何とか現状把握に務める。
ギリギリと抑え込まれた手首は頭上で一纏めにされ、割裂かれた太腿の間にはギルベルトの腰。
そして、赤い瞳をギラギラと滾らせた悪魔の様な天使の顔。

正に、押し倒されている!

「ちょっと!?何すんですか!?」
バタバタと暴れ様にも手は拘束され、膝から先の足は空を切るだけだ。
「ん?だってよ、【欲望に忠実になりなさいな。楽になりたいでしょう?】だろ?」
ギルベルトはニヨリと菊の言葉を復唱する。
「は?はぁあああ!?欲望に忠実になるのは相手の方であって貴方がそうなってどうすんです!?このすっとこお馬鹿!!!」
「お馬鹿とか言うな!!すっげえ腹立つ奴思い出すから!!!」
「だったら放して下さい!そして離れて下さいませんかね!!」
「あー!もう!うっせえ!!黙ってろ!!!」
「なんっ…ん!?むぅ!ん!」
言葉と同時にギルベルトは何事か反論しようとした菊の唇を荒々しく塞ぎにかかる。
開いた菊の口内に長く厚い舌を捻じ込み、菊の発達した犬歯から奥歯を辿り舌の付け根を犯す。
突然の事に驚くも、クチュクチュと無音だった室内に響き始めた事で耳が音に集中してしまい、羞恥から顔が真っ赤になる。
しかもだ。菊にとってのファーストキスの相手が男で、こんな淫らなディープキスになるなんて夢にも思わなかった。魔王よりかはマシかもしれないが、やっぱり魅惑的な女性の方が良い。
何とかギルベルトの舌を押し返そうと舌で抗うも簡単にギルベルトの舌に絡みとられ、あろう事か吸い上げられる。
「んぅ!ふ…っ!!ンァあっ…!?」
大きく開いた口を更に大きなギルベルトの口に塞がれて呼吸が苦しくなり、思わず涙目になった。
写し鏡の中を見るように琥珀の瞳にはギルベルトの赤い瞳が写し出されている。
ヂュッと音を立てて菊の唇を溢れ出た涎ごと吸い上げて、艶やかに笑った。
「ッハハ、やっぱお前で正解」
一人納得したように宣うギルベルトを荒い呼吸を何とか制しながら睨み上げる。
「…ッ、な、何が、」
言われている意味が分からない。
ギルベルトは疑問に答えるでも無く、徐に菊の頬に右手を添えると、節くれだった親指の腹で涙に濡れた目元をそっと撫でた。
涙の筋が熱い親指の腹に拭われ、思わず菊の目尻がヒクと揺れる。
そんな些細な反応が愉快なのかギルベルトは目を弓形にして、グッと大きな瞳を覗き込む。鼻と鼻が触れる至近距離に菊の腹の奥底がゾクリと蠢いた。
「手っ取り早く堕ちるにはよ、悪魔とセックスした方が楽なんだぜ?天使が悪魔を犯す。そしたら俺様は労せず堕天使だ」
「…ッ!貴方、最初から…っ!」
「ケセセッ!」
この男、最初からそれが目的だったのかと菊は眉根を寄せた。
悪魔の真似事をするのではなく、悪魔をレイプして堕落者としての烙印を押されるのが狙いなのだ。
確かに手っ取り早い。だが、襲われる側の菊としては堪ったものじゃ無い。
止まりかけた思考を急速に働かせて打開策を考える。
再度近づいてくるギルベルトの顔にギョッとし、顔を横に背ければ、ギルベルトが不満気に「おい」と低く唸ってきた。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!そして良く考えて下さいな!私は男で、貴方もお見受けする限り男ですよね!?」
菊の唐突な言葉にギルベルトはキョトンと首を傾げた。
「あ?そりゃそうだろ?お前ちゃんと付いてんじゃん」
「んひゃう!?」
ギルベルトの股間で菊の慎ましい股間をグニュッと刺激され思わず奇声が漏れた。
何て事をするのだ。と菊は批難の眼差しを向けるも当の本人は楽しそうに笑みを深めるだけ。
「〜ッ貴方ってほんとッ!!」
「んー?何だよ?」
「ぁんッ…!!」
ゴリゴリと擦り付けられて開いた口から恥ずかしい嬌声が飛び出しそうになり、慌てて下唇を噛み締めて堪える。
しかもだ、目の前の男のブツが凶悪な大きさと硬度を持って今も尚言い知れぬ快感を与えてくる。
「で、話の続きは?何だよ?」
「ふっ、…やめっ!んっ、…止まっ…て!!」
何とか制止の単語を紡ぐとムカつく程ニヤけたギルベルトが動きを止めた。
はぁ、はぁ熱い息遣いが菊の唇から漏れている最中もギルベルトは嗜虐性を持った眼差しで、菊の表情を観察している。
「貴方…、どうせ犯すなら男の私では無く、女性体を持つ悪魔にした方が良いのでは?」
漸く落ち着いた呼吸で冷静に言葉を投げかける。
ギルベルトだって男だ。女性体の方が楽しめるんじゃないだろうか?菊だったらきっと女性に相手を願うだろう。
ギルベルトは急に真剣な表情になる。清廉された美しさを纏うその空気の変わり様に息を飲んだ。
「それもそうなんだけどよ、俺様はお前だから選んだ。誰でも良い訳じゃねえぞ」
「…え?」
【お前だから選んだ】
【誰でも良い訳じゃない】
赤い眼差しと言葉が熱烈に訴えかけてくる。ドクリと大きく脈打つ鼓動に目を大きく見開いた。
今、初めて【本田菊】を見てくれている者に出逢えたのだと、歓喜に細胞は慌ただしく活動を始め、凍っていた心臓が時を刻む様にドクリと鼓動を始めた。
煌めくように視界が明るく色付いく。ギルベルトの美しい金髪が薄暗い空間で光を放ち、瞳は赤に青が混ざっているのだと今更ながら気付いて…綺麗だと言葉にしたいと思った。
「…綺れ「それによ、悪魔にとって黒は至高な存在なんだろ?」ーー、」
コトリと心臓が動きを止めたのか、言われた内容を理解するのに数拍時間を要した。
【黒い悪魔】という単語に、言われ慣れてた筈なのにギルベルトから言われると失望した心地になる。あれ程煌めいていた視界が急にモノトーンに変わっていった。

そうだ…、みんな同じだ。

期待しちゃいけない。
何度も味わってきた筈なのに、こうして言葉1つで失望している己の感情に驚く。
「そ、うですか。私が黒いから…」
思わず視線は下がり、言葉尻も小さくなった。
「ああ。そうだ。お前が黒かったから」
「…」
改めて肯定されると、あんなに熱く疼いていた筈の腹の底が冷えていく。
この天使も周りの者達と同じで【黒の悪魔】としてしか見ていない。菊そのものを見てくれないのだ。改めて認めると遣る瀬無い気持ちになる。

ーーだから、もう、生きていくのは一人で良い。

全てを諦めた菊は込めていた体中の力を抜き、静かに目を閉じた。
大人しくなった菊に驚いたギルベルトは一瞬の間、目を丸くする。
「何だよ?突然しおらしくなりやがって…」
「…」
ギルベルトの問い掛けに菊は一切答える気が無いと無視を決め込む。
さっさと終わらせてしまいたい。惨めだと思ってしまう自分が嫌だった。
しかし、一向にギルベルトが動きを見せる様子が無い。
菊が訝しみ薄く目を開けば、そこには何とも言えない表情で眉を下げたギルベルトが居る。その歳下に向ける様な慈愛の篭った眼差しにビクリと震えた。
「…何諦めて受け入れようとしてんだよ?安心しろ。俺がお前を求めたのは黒いからってだけじゃ無え」
「え…?」
ギルベルトの熱い指先がそっと菊の唇を撫でる。
「言ったろ?お前だからって。黒も綺麗で好きだけどよ、お前のその瞳は今まで見てきたどんな宝石よりもずっと綺麗だし、欲しい。悪魔のくせに天使である俺様の心配なんかする優しい奴だし。…夜空見上げて迷子みたいな顔したお前を、一人ぼっちにしたく無えなって、放っとけなくなったんだ」
途轍もなく恥ずかしい。耳を塞ぎたくなる様な口説き文句の後、疑問に思う台詞にキョトリと目を見開く。
「…え?夜空…、いつのまに…」
途方に暮れてナイーブになっていた姿を見られていたなんて。
「俺様が誰彼構わずとかする訳無えだろ?…もう一回言っとくぞ。お前だからだ」
「…っ、」
「一目惚れって言った方が早えか?」
「わ、たし…っ、」
ずっと一人だと思っていた。嫌われている訳では無いのに、至高なる存在だからと遠巻きにされて生きてきた。酷い時には菊の事をアクセサリーの一種として側に置こうとした者も居た。いつだってそうだ。この地味な黒しか見ていない。本田菊として見てくれる者なぞ居なかった。
黒が美しいと言われても心動かされる事も無い。それなのに、ギルベルトに言われただけでこんなに胸を満たしているのは何故だろうか?
そう、本田菊として初めて見てくれたから。放って置けないと、一人にしないと真っ直ぐ言葉にしてくれたから。
そう思った瞬間、菊の胸の中で再度、いや先程よりもボワッと熱いまでの炎が灯った。
「〜ッ!」
「なぁ、俺を堕としてくれねえか?そんでお前と一緒に生きてぇんだ」
どうしようもない程、ギルベルトが愛おしいと思った。
優しく触れられる指先、暖かい体温、本当の菊を見つめてくれる赤い瞳。
嘘偽り無いとギルベルトの存在そのものが証明してくれていた。
出会って間も無いのに、こんな感情可笑しい。
そう思うのに、不思議と心はどんどんギルベルトだけに染められていく。
「嗚呼、この人が好きだ」と歓喜の声を上げているのだ。
「…私と堕ちたら、二度と帰れませんよ?」
「帰るつもりも無えのに?」
「…一生、帰しません。嫌だって言われてもです。…悪魔だから強欲なんです」
「ケセセ、上等じゃねえか」
そっと離されたギルベルトの手により、菊の両手は自由となる。その細腕を蛇の様にギルベルトの首筋に巻き付けて身を寄せれば、赤い瞳が嬉しそうに細まった。
「…一緒に堕ちてくれよ?気持ちよくイかせてやるから」
「堕ちるのは貴方ですけどね?…でも、貴方とならどんな場所に堕ちても良いです」
恐る恐る唇をギルベルトの頬に寄せれば、後頭部を大きな手に掴まれて荒々しく塞がれた。
「んっ!、ふ…ぅ、ぁ、んッ!」
下唇の内側に舌が割り込み、更に柔らかく食んで、奥に引っ込んだ舌を絡め取る。クチュリと水音が鳴った。
「…どうせすんなら、口にしろ。馬鹿」
クスリと笑むギルベルトに菊はバツが悪そうに頬を染めてソッポを向く。
「だって…」
「だって?」
羞恥から頬がジリジリと熱く痺れて、いつのまにか腹の奥底が疼き始めていた。
「だって!初めてで!どうしたら良いのか分からないん…です…」
「…あ?初めて??…ブフッ!!!」
一拍遅れて菊の言葉を理解するとギルベルトは突然クツクツと笑い出した。
笑われるとは思っても無かった菊は更に顔色を真っ赤に茹で上げる。
「わ、笑わないで下さい!!初めてですいませんね!!そんなに馬鹿にするならどっかで経験重ねてきます!」
男同士のアレコレなんて話に聞くだけである。更に言えば女性との経験も無い童貞でもあった。自分に経験の無い事が急に恥ずかしくなって菊は大いに逃げたい心地になり、とんでもない事を口走る。
当然ギルベルトの笑いはピタリと止まり、禍々しい程の気配を纏ってドサッとその場に菊の身体を組み敷いた。
「ッ!?」
「…ンな事させる訳無えだろうが。人が初体験の相手になんだって喜んでたらよぉ…ビッチ発言してんじゃねえよ!」
ガッと怒りを露わにするギルベルトに菊は「ヒッ」と青褪める。魔界の悪魔なんかより怖い人相とオーラを発する天使なんて見た事も聞いた事も無い。悪魔である菊よりもよっぽど悪魔が似合う。
自分の発言を即座に撤回しなければ!と思うも上手い言い分が思い浮かばないでいる。
「そっ、そんなつもりとかじゃ…!!えーっとその!初めてなのが嫌なら誰かにですね!!…ヒッ!?」
言い募る言葉はドンドン墓穴を掘る。
落ち着いていた筈の股間をグニュリッと握り込まれて悲鳴が漏れた。だって男の急所だ。
「ぁあん?他の誰かに処女捧げるってのか?あ?ンな事してみろ、テメェのコレ引っこ抜いて、ケツ穴にセメント詰め込んで苦しめるぞ」
「ひぃ!?すすすすすすすみません!!!!」
魔王より怖いじゃないか!!
天使には魔王よりも怖い人が居るんだと頭の片隅にメモを残しておきながら必死に謝る。
「…ああ、そうだな。お前に教え込めば良いんだよな?俺様以外の奴等じゃ満足出来ない様に、俺様だけのお前を作れば良い。俺様だけだって教えこめば良いんだよなぁ…」
仄暗い瞳に冷たい笑み。
これ知ってる。人間界で言うところの【ヤンデレドS】だ。些か菊の瞳は遠くなる。
「他の奴の所に行きてぇなんて二度と考えられなくなるように…な?」
「…お、お手柔らかに…お願いします」
辛うじて言えたのは、情けない程震えた声音で手加減を乞うものだった。



ーークチュン、ジュポッ!!
「ン!…ふぅッ!…んん!!」
部屋に反響する水音と抑え切れない嬌声。
ベッドに四つん這いにされた菊の穴はギルベルトの長い指に犯されていた。その指は一本から時間をかけて増えていき、今では3本の指を粘液を纏いながら咥え込んでいる。
「オリーブオイル、昨日買ってきといて良かったぜ」
ギルベルトは指先を美味しそうに咥え込む穴に笑みを浮かべた。
いくら悪魔とはいえ、潤滑剤も無しに挿入は難しい。
菊はギルベルトの台詞に応える余裕も無く、息を乱していた。
時折、ビクンッと跳ねる身体。ギュッと握り締めたシーツは掌の汗が染み込んで湿っている。動く度にベッドはギシと悲鳴をあげた。
背後から微かに聞こえるギルベルトの熱い息遣いに興奮しているのが分かる。
目を閉じていれば総ての音が耳の奥に集約され、理性は脆くも崩れていった。

“もっと快楽が欲しい。もっと犯して”

ーーグチュ、クチュリ…
「…っ!?ンぁあああ!!そこ!…ヒッ!?ああああ!!だ、めぇええっ!!!」
ギルベルトの指先が抉るように中で円をグルリと描いた瞬間、ゾクゾクッと背筋を言いようも無い快感が襲う。
慌てて制止の声を上げるも中の取っ掛かりを意図的に引っ掛かれ、強力な快楽は刺激となって背筋を一気に駆け上がり脳天を貫いた。
「ンッぁあああああああ…ッ!!!!」
大きく目を見開いた瞳からは光の粒が飛び散る。
崩れ落ちる身体を逞しい腕が支えた。
ギルベルトは背後から腰を掴んで引き上げながら艶やかに笑む。
「初めてなのにコレでイケんのかよ?お前、コッチの素質あるぜ?」
はぁはぁと乱れる呼吸を繰り返し、ボンヤリとする頭でシーツの皺を見つめる。
何を言われているのか分からないが、ギルベルトが喜んでいるのが声色から分かる。それだけが、今は嬉しいと思えた。
「きーく?大丈夫か?」
視界にギルベルトの大きな指先が写り、もう一方の手で頬に掛かった髪を払い除けてくれる。
払い除けられた視覚にギルベルトの欲情した顔が見えた。ゴクリと生唾を飲み込む。
「…っ、大丈夫、です」
菊の少し掠れた声にギルベルトは眉を下げた。
「悪りぃけど、我慢出来ねえ。良いか?ココ」
ココと言いながら野太く勃起した肉棒を押し付けられて、思わず息を飲んだ。
恐怖も多少ある。だがそれを上回る程に期待していた。
「ッはぃ…。挿れて、犯して…、堕ちて下さい」
「!、快楽って楽園には一緒に堕ちてもらうぜ?」
ギルベルトの先端が塗り付ける様に穴の周りを撫でて粘液を伸ばすと、菊の腰が焦れったいとばかりに小さく揺れる。
肌理細かい桃尻を一度宥める様に撫でてから、いきり勃った肉棒の先端をヌプリと優しく挿れる。
「…ンンッ!…イッ!!」
「キツ…ッ!力、抜けよ…!」
やはりバージンである穴は容易にギルベルトを受け入れる事は出来ない。
ギチギチと締め付けてくる痛みに眉が寄るが、菊の方も痛みに耐え、苦しそうに息を乱している。
「ち、力…っ、どうやって!、ぁ!抜くか…っ!!んぅ!!」
頭を左右に振り、困惑しているのか足と腕が小刻みに震えている。
「…チッ!」
大きく舌打ちしたギルベルトは身を屈めて、菊の萎えた中心に手を伸ばすと、優しく扱き始めた。
「え…?、ぁん!?待って…ぁあッ!!」
ガクガクと震えていた四肢は、急激な刺激に耐え切れなくなり崩れる。
それでもギルベルトの左手は中心を放さず、右腕はしっかりと腰を抱える様に巻き付く。
「ひっ!?ァアッ!!〜ッ!!」
「…ッく…!」
前に意識が集中した一瞬の隙をついて、強引にカリの部分を捩じ込んだ。
お尻を高く突き上げた格好の菊にギルベルトが背後から覆い被さる形となる。
「ひ、ひどッ、いです!いきなり…っ!」
「悪りぃ…、でも後は楽だから。な?」
慰める様に肌理細かい背中に口付けを落とせば、菊から「ん…」と熱い息が漏れた。
萎えていた菊の中心は徐々に硬度を増してはいるが、ギルベルトを受け入れる途中の行為なので完勃ちには程遠い。
「…つらいか?」
「そ、うですね…」
正直ギルベルト自身もつらい。一気に貫きたい衝動に駆られるも、理性の糸をギリギリの所で繋げている。
「…ちょっと休むか?」
相手の事を想えば自分本位過ぎるのもどうかという善良な意識はある。それでも本音は休みたく無い、このまま動きたい。我儘で溢れそうな欲望を理性を総動員させて抑え込んだ。
しかし、菊はチラリと横目でギルベルトを見遣ると、赤く染めた目元を細める。
「…言ったでしょう?」
「何だよ?」
ギルベルトは分からないと菊の艶やかな横面を見つめる。菊の色濃く色付いた表情に腰が疼いた。
「【欲望に忠実になりなさいな。楽になりたいでしょう?】と」
「…っ!!」
嗚呼、コイツは悪魔だ。あれ程この悪魔の身体を優先してやったというのに…。
その言葉で砂の城を崩すようにギルベルトの理性を崩してしまったのだ。
菊の中心を扱いていた手を放し、細腰を両手で固定するように鷲掴むと、一気に残りの部分を捩じ込んだ。
「ッ、後で知らねぇ、ぞっ!!」
「ンァあっ!?アッ!…ンァアアア!!」
あまりの刺激に仰け反る菊の背中を眺めながら、腰を打ち付けて浅く引く動作を一心不乱に繰り返せば、ゾクゾクとした甘い痺れが駆けていく。
結合部からは案の定血が流れていた。それに罪悪感を感じるどころか、オイルと先走り汁に混ざる血に興奮している自分が居る事に頭の片隅で驚いた。
ひたすら嬌声をあげる菊をもっと啼かせたい、啼かせられる事が嬉しいという感情が渦巻く。
「きくっ…、は、菊っ…くっ!」
「ンァッ、あっ、あっ、ぁあ!やっ…は、激しッぃい!!」
前後に激しく揺さぶられ、平衡感覚がおかしくなりそうだった。
最早腕に力なんて入らない。頬にあたるシーツの摩擦でさえ刺激になる。
高く突き上げた腰を熱い手で痛い程に掴まれ、痛かった穴は麻痺したのか痛みを感じない。寧ろ気持ち良い、もっと奥を突いて欲しいと思っていた。
パチュンッパチュンッ!肌と肌の打つかる音が粘着質な音と共に室内に響き渡り、ギルベルトと繋がっている、貫かれているのだと認識する。
「アッ!ぁん!!ンッ!、アッ!…フゥッ、ンッ!!」
「ハ…ッ、気持ちッ良いなッ!」
気持ち良い。自分と同じ様に悦楽に浸っている事が嬉しいと思った。
ズンッ!と一際奥を突かれ、火花が飛び散った。身体の神経という神経がビリビリと痺れる。
「アッ!…あ゛あ゛ァアッ!!」
「くっ…!!」
ビュルッと震えた性器の先端から白い精液が飛び出し、シーツに溜まる。
同時に締め付けが強くなった穴にギルベルトも吐精をした。

終わったとぼんやりする頭で考えていれば、背後に居たギルベルトに脇を引かれて起こされる。まだ挿入したままの結合部からはトロリと精液が溢れた。
「ンッ!…あっ!」
自重でまた奥を突かれて、また意識が蕩けそうになる。
何をするんですか?と問う前に、あろう事かギルベルトは菊を背後から抱えた状態で身体を揺さぶり始めたのだ。
「ァアッ!、ちょっ、もう!無理ッです!あぁ…ンッ」
「馬鹿、言うな!一発で、終わる程ッ、枯れちゃいねえぞ!!」
そんな!まだするのか!?菊は絶望感を感じながらも、素直に快楽に沈む身体を恨んだ。もう腰が無理なのに。
背後から伸びてきた長い指先は菊の小さな乳首をコリコリと捏ね、摘んで引っ張る。
「いっ…!ァアッ、いた、いっ!やァアッ!!」
「慣れろ。時期に良くなる」
なんて理不尽な!と思うも、グリグリと弄られている己の乳首を見下ろしていれば羞恥が襲うと同時に甘く腰が疼く。
ふと首筋にネトリとした感覚。横目で見遣ればギルベルトの髪が見えた。
その金髪が根元から白髪に染まり始めている事に驚き目を見開く。
「アッ…、髪が…っ!色がッ、変わって…っ、ますっ!」
下から突き上げられながらも、必死にギルベルトの髪先を摘んで伝えれば、漸くピタリと動きを止めてくれた。
ギルベルトは窓に反射した己の姿にギョッとした顔をするも、直ぐに納得したのか背中から翼を具現化させた。
その羽色に二人は驚く。
「あ…羽根が…」
「…やった」
ギルベルトの純白だった羽色は真っ黒に染まっていた。
神の怒りを買い、堕ちたものと烙印を押されたのだ。
「…綺麗」
窓に映るギルベルトの姿に菊はポソリと素直な感想を述べる。
金髪は銀髪へ。白い羽根は黒い羽根へ。
ギルベルトの赤い瞳には銀髪と漆黒の羽根が似合っていた。完璧な配色だと菊は感嘆の息を漏らす。
惚けた菊を背後から優しく抱き締めたギルベルトはクククと低く笑った。
「…もう自由だ」
ボソリと呟いた声音は嬉しそうだ。
「…これから、どうするんですか?」
菊の頭に過ぎったのはこれからの事。
住まいは?仕事は?考えなければならない事が沢山ある。
ギルベルトは菊の汗ばむ首筋にヂュッと吸い付き、痕を残すと細い肩に頬を預けて目を閉じる。
「んー。そうだな。先ずは此処に10年住んで、次は別のとこで10年…いや、二人っきりで魔界の森の奥に行くか?誰も来ねえ様な森に」
「魔界の森…、良いですね。誰も居ないというのは魅力的です」
クスクス笑う菊にギルベルトもニヨリと口角を上げる。
「誰も居ねえからよ、外でも嫌って程キス出来る。あと朝晩関係無くセックスもしてぇ。ってか、ヤル」
ふふふと柔らかい心地で聞いていた菊はピシリと身体を硬直させた。
「…へ?今…なんと?」
「ケセセ!屋外セックスのヤリ放題だぜー!!」
「…っ!?!?!?」
顔は見えないが、きっと真の悪魔の様に笑っているだろうと予測できる。
菊が慌てて抗議しようとしたが、ギルベルトが身体を揺さぶってきた為「ンァあっ!!」と嬌声が飛び出した。
まだ繋がったままだったのだと舌打ちしたい心地になる。
「おら、どした?もう無理って?」
「ふっ!…ぃや!もう無理ッ!…ぁん!、ァアッ!!」
「そうか。まだまだイケんな?朝までたっぷり可愛がってやるよ」
「!?、やっ、もう無理って…ッ!ああっ!ヒィッ!?ふっ…ァアアアッ!!」
それはそれは楽しそうに容赦無い事を言うギルベルトに菊は心の底から思う。

根っからの、悪魔だった。



fin




















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